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緋色の平穏 Ep10『極彩の殉教者4』

「たっ君は、ずっと同じアルバイトだったよね。私と会った時から」
 若干和んだ空気を、また真面目に戻されてしまう。伊達に腰を据えて、生足見せつけてきたわけじゃないらしい。いや、生足は俺が勝手に見てただけだけど。
「正確には輪廻さんの手伝いだけどな」
 これは前から何度も説明している誤魔化しの常套句だった。あの人の本分は科学者であり、帰って来ない俺の両親とは公私共に仲が良い。そして俺はそんな輪廻さんの助手及び雑用をしている。だから俺の仕事はずっと続いていて、かつ不定期なのだと。
「それは前にも聞いたけど、じゃあ今は何してるの?」
「宝探しかな」
 害虫駆除とどちらにしようかと逡巡したが、解釈の幅が広く、煙に巻きやすい方にした。お宝を発見したら、漏れなく町の平穏が手に入ります。平穏だけなら、かけがえのないお宝なんだけどなあ……。
「それで叶さんも同じアルバイトをしてるの?」
「人手が少しばかり足りなかったんでな」
「私じゃなくて叶さんなんだ」
 俺の疲労話が、どこか彼方へ消えた気がする。でもこの話題の方が疲れる気がするのはどうしてだろうね?
「それはたまたま」
「たまたま?」
「偶然」
「偶然?」
「成り行き上で」
「それはどういう成り行きなのかな」
 怖い! 声は落ち着いていて、にこやかに追撃をかけてくるのだけど、それが怖い!
「俺達が宝探してる途中に、偶然居合わせちゃったんだよ。それで半ば否応無しに巻き込む形になった」
 とても強引で、説明しているようで説明になってない。なんせ内容はどうとでも取れるように作っているのだから。
「やっぱり、私には教えてくれないんだ」
「ごめん」
 ここだけは何を言われても、円を巻き込みたくはない。何から何まで俺のわがままだけど、彼女にはいつでもここで俺を待っていて欲しい。小野宮円は、俺にとって平穏の象徴だから。
「わかってるよ。たっ君には言えない大事なわけがあるんだよね」
 短い溜め息一つで、円は俺の嘘を全て飲み込んだ。寂しそうな笑みで、俺を受け入れるために自分の心を押し殺したのだろう。
「大丈夫、私はちゃんと知ってるから」
「うん」
 何を? とは聞かなかった。どんな答えでも、それは間違いでしかないのだから。でもそれでいいし、そうなるように俺は嘘を吐き続けてきた。
 母親が愛するのは自分の息子ではなく、長い年月をかけて作り出した自分の中にある息子の像とは、前にも言ったことだ。しかしそれは決して悪いことではない。人の優しさの根源とは感情移入であり、自分以外の誰かを映す鏡は、常に自分自身でしかないのだから。
「ねぇたっ君。その宝探しが終わったら、二人きりで思い切り遊びに行こうよ。たっ君が望んでくれるなら、私は何処だって付いて行くよ」
「そうだな。でもそれならせめて、俺も円に何かしないとな」
 円はいつでも、俺に癒しを与えてくれる。俺は円と出会わなければ、何のために生きるかすらわからずに、ただ戦い続けるだけの人生だったろう。命とはどれだけ貴重なのかは知っていても、どこまで劇的であるかは知らないままに、俺は死んでいたかもしれない。そんな味のないガムみたいな人生にしがみついていた自分は、どれだけ損をしていたのだろうと今では苦笑する。
「じゃあ、一つお願いしてもいいかな?」
「なんなりとどうぞ、お嬢さん」
 円から何かを俺に頼る願いは、大抵が小さくささやかなものだ。そんな微笑ましさがまた円らしくて可愛いんだけどさ。
 そうして二つ返事してみたら、円は三角座りを崩して正座で座り直した。加えて自分の腿をぽんぽんと軽く叩く。
「んっしょ、はい」
「はい?」
 んーと。何を望んでいるかは察しが付いてるのだけど、俺の常識から思うに、これは女の子からお願いするようなカテゴリーの行動ではないはずだ。
「膝枕しよ」
「……うい」
 これは願いを叶えると約束したからであって、けっしてあの柔らかそうな太腿の魅力に負けたわけじゃ――負けたよ悪いか! 自分に嘘は吐かないのが俺のポリシーさ。
「どう?」
「どうと聞かれても」
 スカートやストッキングなど脚と頭を挟む遮蔽物など一切無くて、生腿の柔い乙女の感触がダイレクトに伝わる珠玉の寝心地だ。でもこれそのまま答えたらセクハラ回答になるよね。
「あんまり良くなかったかな?」
「そんなことない。すごく気持ちいいよ」
 俺を覗き込む、ちょっと残念そうな顔が見てられないかったので、思わず反射的に言ってしまった。お願いだから、何が気持ちいいのかは突き詰めないでください。
 しかしその心配は杞憂だったようで、喜色満面になった円の掌が俺の髪にそっと触れた。
「たっ君、いい子いい子」
「うぅ」
 なすがままに頭を撫でられている。これは恥ずかしい。恥ずかしい。恥ずかしい! 最重要ワードなので連呼してみた。
 だけど柔らかな温もりを伝える手に抗わないのは、体調のせいばかりではないと自覚している。快楽に弱いのはあの頃から変わらないらしく、俺はツンデレになれそうもない。
 と言うか、むしろ円の手やら太股やら匂いやらに満たされていると、気持ち悪さが和らいでいく。めちゃ癒されまくりだった。
 あれ、でもこれ昔もやったような気がする。自分と円の行為にどこかデジャブを覚えたため、蕩けそうな脳でポケットの底をさらうみたいに、記憶をまさぐった。
 撫でられる。膝枕。甘えてた。優しい。微笑み。優しく俺を撫でた人。
 途中連想ゲームみたいになったけど、その記憶をひっ捕まえるのにさほど時間は要さなかった。
 そっか。姉さんだ。
 あの人はよく俺に膝枕してくれたんだっけ。
 俺が愛した人。
 俺が愛されたかった人。
 俺を愛してくれた人。
 そして俺のせいで死んだ人だ。
 俺はあの人になんて言えばいいのだろう。
 なんて。もう会えやしないし、贖罪さえできないのに。
 姉さん――

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