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緋色の平穏 Ep3『狂人の願い1』

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 明日のために今を頑張る? なら俺は明日のために今を捨てよう。

          ●

 むせかえるような血の匂いがあたりに漂い、何かが身体に密着している。いや違うな、俺が地面に倒れているんだ。
 立ち上がろうと腕に力を入れるが、同時に痛みが走る。腕を見ると、鋭利な刃物で裂かれたような傷から血が流れていた。
 他にも体中あちこちが痛み、軽傷ではないなことを俺に報せている。

 加えて身体が鉛にでもなったように重い。怪我と疲労が、俺に行動の代償を払えと覆い被っているようだ。

「大丈夫か! 喋れる常態なら返事をしろD-12」

「ああ……死なない程度には生きてる」

 短い間隔の足音と、若い男の声が鼓膜を響かせる。誰かが走り寄ってきているようだ。
 応答しないといつまでも続いてうるさそうなので、当たり障りのない言葉で生存報告をしておいた。

「何が大丈夫だ、酷い怪我じゃないか」
「このくらいなら予定調和さ」

 男はすぐ俺の近くまで来て肩の借用を押し付けてくる。こちらの需要とも合致していたため、素直に受け入れて俺は立ち上がった。

 身長差があるのでアンバランスではあるが、ふらつきながらも二足歩行には成功する。
 肩を貸した男はまだ十五歳くらいの少年で、それでも俺より六歳程年上だ。

 目線が上がって視野も広がったので、改めて周りを見回す。
 腕の無い人間。
 足の無い人間。
 上半身と下半身が切り離されている人間。
 俺と同じくらいの年だが頭の無い人間。

 中々にバリエーションに富んだ人間達が、辺り一面に転がっている。二重の意味でバラバラだな。
 いっそブラックジョークとしてパズルゲーム呼ばわりして売出し、リサイクルを試みればいいんじゃないか。一部の人間に馬鹿受けしそうだ。

「無駄死にでも死んでから活用されれば、それは救いになるのか?」
「死んだらそれまでだろ」

 言われて群がる死体達を眺める
 ここに転がっている連中に明日も次もない。彼らはもう終わった存在なのだった。
 この世にはもう彼らを救う手立てはない。来世という存在も俺は懐疑的だ。

「そうだな。その通りだ」

 だから俺は生き延びているんだ。
 死ねば終わり。
 死にたくないから、生きている。

 それと死体達の共通点ならばもう一つあった。
 倒れ伏した全ての顔にモザイクがかかっていて、そこにあるはずの人を形状するパーツを確認することができない。まぁ元々のすら顔の無くなってしまった奴には該当しないが。
 肩を貸している男の顔にも、モザイクがかかっている。
 死体だけじゃないということは、人間と人間だった者全ての顔が見えなくなっているのかもしれない。

「状況は?」
「かなり被害は出たが、任務は完了した」

 この修羅場へと放り込まれる前に言いつけられていた作業は完遂したらしい。それでも男の返事は重く、心が沈殿していそうな声音だ。

「俺達のチームは?」
「……二人死んだ。D-7とD-10だ」
「そうか」

 俺は状況を確認したかっただけで、仲間の死に感慨なんて湧いてこない。むしろ誰も欠けずに帰れるわけもなく、それが至極当然なのだ。俺達は“その程度の命”なのだから。
 人の命は平等かもしれないが、同価値ではない。

「帰還命令が出てる。すぐにでも転送は可能だそうだ。生き残ったチームメンバーと合流して戻ろう」
「了解、隊長殿」

 俺は怠惰気味にそう答えて、男に肩を借りたままずるずると地面に足を引きずりながら歩き出した。俺が通った後には、赤の混じった歪んだ線が描かれている。

「だけど、せめてお前が無事でよかったよ」
「どうして?」

 そう淡白に返すと、呆れられた様に溜息を吐かれる。男にとって俺の質問は相当に的外れなものだったらしい。

「仲間を心配するのは当然だろ? それにまだ十歳にもなってない子供が、こんな地獄の中で死ぬなんて」
「死ぬのに年なんて関係ないさ」

 ただここでは死に至るまでの“理由”がなかっただけだ。もちろん無駄死になんてゴメンだから、生き残るために足掻いた。
 けれど、そもそも足掻いて助かる程度の地獄なら、そこは地獄に非ず。人では這い上がれない所に位置するらこその地獄だろう。

 ならここは何処だ? 自問してみるが回答は簡潔。ただの戦場跡だ。人間同士が勝手に争っただけの場所だ。

「お前は、どうにかならないのかその性格」
「研究所にいる限りは、どうにもならないだろうな」

 仮に自由の身になったとして、今さら俺が俺以外になれるとは到底思えないけどな。

「そうだな、すまない」

 俺の言葉を聴いて男は、哀しむような憐れむような顔した、と思う。モザイクかかってるから想像の産物だ。
 全く以てお人好しな奴だよな、そもそも自分だって人を心配する余裕など無かろうに。

「あんたが気にすることじゃあないだろう? いや、気にしたってどうにもならないさ」
「……ああ」

 そう、俺達はどちらも同じ施設で飼われているモルモットであり、いつ死んでも構わない。
 なんせ代りは履いて捨てるほどいるし、俺達がこうしている間にも量産され続けている。この世界での俺達は人間未満の動物なんだ。

 ザザザザザと、急にテレビの電波が届かない時に出るような砂嵐が起きて、前が見えなくなる。
 砂嵐は数十秒程で徐々に収まっていき、やがて新しい視界が開けていった。

 頭を打ち抜かれ、地面にチームメンバー四人の死体が転がっている。
 この場の生存者は俺ともう一人、杖型デバイスを構えている“チームだった男”で、俺達が隊長と呼んでいた魔導師だった。

 どいつの顔にもさっきと同じく、モザイクがかかっている。
 俺の右足も死体達と同じ様に射抜かれ流血しており、片膝を付いて体勢を保っている状態だ。

 いずれここを通るはずの要人を暗殺する、それが今回の任務だった。目標さえ始末してしまえば、後の駒は生きていようが殺されようが大した問題ではない。俺達にはおあつらえ向きな任務だ。

 そうして奇襲をかけるためにこの廃屋に潜んでいたが、思わぬアクシンデントが発生する。
 チームメンバーである、それも部隊長の裏切り。予想していなかった事態にほんの数秒対応が遅れた結果がこの有様だった。

「悪く思うなよ、俺は自由が欲しいんだ……。もうあんな地獄の中であいつらに飼われるのはゴメンなんだ! 悪いのは全部あいつらだ!」
「仲間を撃っておいて悪く思うな? 人を殺しておいてなお善人でいたいのか? まだ他人に愛されたいのか?」

 俺は力でなく、言葉で隊長の心を撃ち抜く。
 隊長の行動に対する怒りは湧いてこなかった。そんな感情は、今を切り抜けるには不要だからだ。
 だからこの言葉にも感情はなく、ただ事実を淡々と語っているだけ。

「うるさい!」

 隊長が拒絶を叫んでも、俺の言葉は止まらない。頭の中に描かれている生存シナリオを進めるために、台本を読み上げ続ける。

「邪悪だな。自分の罪を他におっかぶせて自分は被害者気取り。恥ずかしくないか?」
「黙れ、お前にだって……誰にだってここは地獄だろうが! 俺は被害者なんだよ! 俺は、俺は悪くないんだ!」

 隊長のデバイスから研ぎすまされた魔力弾が発射される。それは俺に当たることはなく、廃屋の壁を一部砕いただけだった。

「被害者を殺せば加害者だ。言い訳なんてきかない。お前はあいつらと同じ、自分勝手なただの下種」
「黙れと言っているんだ!」

 隊長が悲鳴のような怒声を上げながら撃つ。でも当たらない。当てられない。
 悪になるのが恐いから。こいつは元々良い奴だった。俺達のリーダーで、愛想が無くて大概独りでいた俺によく話しかけては面倒を見ようとしていたくらいだ。少しでも俺の心を開こうとしたのだろう。

 こいつを愛する仲間がいた。
 こいつに恋する仲間がいた。
 計画の数少ない成功作品で、誰より仲間を想い、それと同じだけ仲間に想われた。だけど弱かったのだろう。力ではなく、精神(こころ)が。

「お前に救いなんてないんだよ。お前はもう永久に許されることなんて――」
「黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ黙れ!」
「無い」

 ここで裏切れば自由になれる。俺達を殺せばもうモルモットとして生きなくてもいい。たぶん、そんな感じの開放という誘惑。
 そして甘い蜜に抗いきれず天秤にかけたのだろう、仲間と自由を。結果、己の自由に杯が傾いた。

 ここで幸運なのは、天秤は完全には傾ききらなかったこと。根が良い奴だから、俺の言葉で天秤は再び揺れた。
 誰かに愛されたい。世界に愛されたい。安心が欲しいんだろ?

 今まで一緒に戦った仲間を後ろから撃つ、そんな最低な自分の行為を正当化できるくらいの言い訳を、あんたは用意したいんだ。

 でも認めない。今唯一生き延びてる俺が許さないんだ。そうすれば中途半端な覚悟で動いたお前は踏ん切れずに迷う。もう手遅れなのに、そんなことにも気付かない。たとえ気付いたとしても、認められない。

 揺れろ、揺れろ。揺れている間は俺を殺せない。
 だがいずれ揺れは収まるだろう。一度は裏切ったんだ、もう一度裏切るさ。

 何よりあんたはもう後には引けない。いつかは覚悟を決めねばならない立場にある。だからあんたが最後の決断を下す前に、俺が殺す。

 元隊長は半狂乱になり、どうしようもない憤りから、デバイスで力任せに俺を殴った。
 頭部を殴打された衝撃で床に転がる。いつもの冷静沈着でチームをまとめるこいつならば、まず有り得ない行動だ。

「はあ、はあ、はあ、はあ……。だから黙れって言ったんだ」

 俺は目を瞑り、そこからぴくりとも動かない。隊長はしばらく様子を見ていたが、不審さと不安さに推されて声をかけてくる。

「おい! 気を失ったのか? それとも今ので……」

 所詮俺はまだ年齢一桁のガキ、しかも初めの射撃が完全な不意打ちだったので今はバリアジャケットすら着ていない。魔法などなくても金属で殴りつければ、あっさり失神したり最悪死んだとしても不思議はないだろう。

 隊長は俺の生死を確認するため、焦り気味に近寄ってきた。
 ほとんど無警戒に、まるでサスペンスドラマで相手を突き飛ばし殺してしまった殺人犯のようだ。そんな醜態を晒すまでに隊長は精神的にまいっている。

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