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緋色の平穏 Ep5『ラヴスネーカー13』

 そうして翌日。
 朝から観るものがない日は、そのまま昼になるか誰かに起こされるまで眠り続ける。
 朝のニュース? そんなものに萌えなどない。
 叶の様子を見にいくのは昼以降だし、のんびりしよう。
 ちょっと乱れていた布団を手繰りよせ、ごろんと寝返りをうつと妙に熱をもった障害物に腕があたった。
 目も開けないまま、俺はそれの正体を察する。
 二日連続ですか、円さん。
 だが昨日はあれからもっとエロい目にあっている。俺にも抵抗力が生まれているのさ。
 と言うか冷静な時なら相手が服を着てなかろうが、ノーマルに対処出来ているじゃないか。
 それに比べればパジャマに包まれた母親など相手にならず。だったら反撃しかあるまい。
 フヒヒ、昨日の羞恥心を貴様も味わえ。
「うぅん」
 それらしく寝言を呟き、俺は円に抱きつく。
 右手を肩へ、左手を背中に回ししっかりと密着する。なに、怒られても寝てましたと押し通すだけだ。
 それでもなお、柔らかなる双球の感触が、俺の理性を砕かんとする。
 うろたえるな、トルバドゥール軍人はうろたえない! 俺のジョブはアサシンだけど。
 しかし何だろうこの違和感は?
 なんと言いうか、ボリュームが足りない。
 それに、匂いも違う。シャンプーでも変えたのだろうか。
 でもこの匂いは記憶にあるぞ。興味のそそらないものは、あっさりと忘却の彼方へと流れていく。そんな俺がまだ憶えているのだから、ごく最近の嗅いだこということだ。
 脳内検索から昨日の項目に該当が一件。
 嫌だな、そんなわけないだろ、自分よ。緊張して頭が冴えてきたじゃないか。
 同時に己の犯した致命的な失敗を、自覚してしまう。
 だってさ、会いに行く約束したんだよ?
 自分からなんらアクションを起こさずとも、数時間後には再開を果たしてるわけじゃないか。
 ああうん、落ち着こう。まずは事実確認だ。
 まだ円がさらしをまいて、シャンプーを変えただけの可能性も充分残っている。
 箱詰めの猫に毒ガス注入したとしても、中を確認するまでは生死は確定しないのさ。シュレディンガー博士はグレイトだね!
 俺は決心して、今まさしく目覚めたんだよと、渾身のアピールをしながらゆっくりと二つしかない目を開いた。
「おはようございます、拓馬さん」
 まあ、なんて綺麗な笑顔!
 そいつを他の雄共に振り撒けば、君は一生貢がせる獲物に困らないよ。
「おはよう、叶」
 こいつが修一ならマウントポジションをとって、親でも見分けがつかなくなるまで殴ってやるのに。
 不条理に対する怒りを抑えながら、とりあえずハグを解除する。
「あう、もう離しちゃうんですか?」
「ごめんね、寝ぼけちゃったんだ」
「私はずっとこのままでもよかったのですけど」
 華麗にスルーには華麗にスルーで対抗だ。
「あはは、俺って近くに何かあると抱きついちゃうみたいでさ」
「うふふ、それは毎日楽しみです」
「毎日侵入する気かよ!」
 受け流しきれない!
 永きに渡り磨かれた反応スキルが、スルーを許可してくれなかった。
「駄目ですか?」
 なぜ良いと判断したのか。
 聞いたところで異次元理論が飛び出すのだろうけどさ。
「それで、いつ、何故、不法侵入したのかな? こんなことしなくたって会う予定だったろ?」
「精密検査が終わって、お母さんお父さんと今後のことを話し合いました。その後、明日拓馬さんと会った時のことを考えだしたら待ちきれなくなっちゃいまして」
 夜中に発情した娘が人の布団に忍び込んだらしい。
 襲われなかっただけ、症状が緩和してることを喜ぶべきだろうか?
「叶」
「はい」
 俺が名前を呼ぶと、叶はキラキラした眼差しを向ける。
「めっ」
「あぅ!」
 その輝きの少し上、おでこを人差し指の先っぽでもって、軽くはじいた。
「人の家なんだから勝手に入らないの。次からは我慢できなくなったら電話にしなさい」
「わかりました……」
 こうして少しずつ、俺の叶調教は進んでいくんだ。地道すぎて泣けてくるよ。
 しかも顔がいまいち納得してないっぽいぞ。めんどくさいよこの痴女!
「それにお前だって報せろよ!」
 俺は机の上で我無関係なりと沈黙する野郎につっかかる。
≪自分の失態を棚に上げて我に責を擦り付けるか、使用者≫
 殺気がなければ反応できないのは俺の弱さと言える。しかし誰かが近づく度に神経質に探っていたのでは、身体がもたん。
「俺が就寝中の警備はお前の役割だろう」
≪勿論、貴様と違い侵入には気付いていたが、敵意は感じられず無害だと判断した≫
 判断甘!
「そうです、私は人畜無害です」
 誰に飼われてるんだよ。
 少なくとも俺じゃないぞ。
 調教はしててもお家で飼育する気はありません。
≪不服か?≫
「不服だよ」
≪好意で侵入する者を警告対象とするなら、毎日甲斐甲斐しく貴様を起こしにくるあいつも警告対象になるぞ≫
「あいつは例外に決まってるだろ! 例外リストくらい作れ」
 融通がきかん奴め。
「あいつって誰ですか?」
「え?」
 おかしいな、何だか急に室内の温度が部分的に下がったぞ?
「あいつって誰ですか?」
「あっいや、その……」
「あいつって誰ですか?」
 やっちまった。相棒にやられた。
 こうなるのを防ぐため、わざわざ出向いたのに……。十数時間前の苦労がすごい水泡に帰しちゃった。
「あー、ほら俺って一人暮らしだから、家政婦さん雇ってるんだ」
 苦しい、いくらなんでも苦しい言い訳だ。
「なら拓馬さんのお世話は全部私がやります」
 その苦しい言い訳ごと破壊しにきたよこの子。
「でも夏休みが終わったら難しいだろ?」
「じゃあ拓馬さんの家に住みます」
「無理言うなよ」
 目と声がマジだから始末に困る。
 親御さんにどう説明する気だよ。
「自分の生活費は自分でどうにかしますから」
「そう言う問題じゃないんだよ」
「他に何かありますか?」
「主に道徳上で」
 結婚前の男女が同棲するのは不潔だと、妖怪ボタンむしりさんも言ってたし。
「愛があれば問題ありません!」
「俺の方には友情しかない!」
「私がすぐにでも芽生えさせてみせますから」
 ずいっとお互いの息がかかる程に接近された。
 近い。また顔近い!
 これで昨日も匂い覚えたんだよ。
「これじゃ昨日とパターン変わらんじゃないか」
「昨日は力でどうにかしようとしましたけど、今日は技で堕とします。私は冷静ですよ」
 俺が下がると、叶は上の服を脱ぎ捨て下着を隠すこともしない。
 冷静とは羞恥心がないことなのだろうか?
「どこのライダー一号さんだよ!」
 技の一号、力の二号。
 平成ライダーしか知らん連中にはわからないネタだ。
 叶相手だとどっちも関係ないけどさ。
「本やDVDでちゃんと勉強しましたから。絶対気持ち良くしてみせます」
「何の勉強だよ。いや今の無し、言わなくていいから落ち着け、踏み止まれ!」
「覚悟も決めてます。これで嫌われて終わるなら私は本望です」
 変なところが進歩してる。
 やるといったらやる気迫を持って迫らないで!
「何の覚悟だ! ごめん、やっぱそれも聞きたくない!」
 叶はもう話すこと無しと立ち上がり自分のズボンに手をかける。今度は急接近して俺が叶の手を掴んで止めことになった。
 すがり付くようなポーズだが、内面的にはまさにすがりついても止めたい気分だ。
「かかりましたね」
「おわ!」
 叶は小さく微笑み、全体重を俺に預けてきた。
 二人で床に倒れるかと思ったが、俺だけが仰向けに倒れ、叶は馬乗りで俺に跨がっている。
 自分の脱衣を囮に俺を捕獲しただと!?
「それでは、いただきます」
「召し上がらないで!」
 そろそろ笑えなくなってきたよ。おいた過ぎる、こいつはちょっと怖い目をみて反省してもらおうか。
「ん、誰かお家に入ってきましたよ?」
 どう切り抜けるかを真剣に考えだした辺りで、小さいながら玄関が広く音が聞こえた。
「うっそぉ……」
≪家政婦さんの登場だな≫
 タイミング悪すぎるから!
 円がここに来るまで数分とかからないのだから、もう手を考えるもへったくれもない。
「たっ君、騒がしいみたいだけど、誰かいるの?」
 俺の人生が終焉を迎えようとしている。
 イエスと答えても、ノーと嘘をついてもバッドエンド直行展開しか思い浮かばない。
「鍵空いてるんだ。入るね」
「ちょっ待っ」
 最後の制止勧告は、叶に口を塞がれ失敗に終わる。
 鍵もかかっていない部屋は、いとも簡単に開かれた。
「たっ君これはどういうことかな?」
「ずいぶんと若い家政婦さんですね、拓馬さん」
 ずっとドアの方を見つめていた御堂叶と、新たなる客人小野宮円。にらみ合いしてるのに、両者の質問は俺にくる。どちらを先に答えれば被害を抑えらるのだろうか?
 アンサー、どっちも死亡フラグ。
「へるぷみー」
 もう成り行きに任せるしかない雰囲気なので、頭に浮かんだ言葉を口にしてみた。
 諦めろと、どこからか来た念話の即答は無視だ。
「御堂さん、まずはたっ君から降りなさい」
「小野宮さんこそ、邪魔しないでください。何しに来たんですか?」
 二人は昔俺が紹介したので、一応の面識はある。
「たっ君を起こして朝御飯を作りに。日課だからね」
「朝御飯……そう言えば、そっち方面で攻めるのを忘れてました」
「お前は階段飛ばし過ぎなんだよ!」
 叶は俺の上から立ち上がり、服を着る。
 まさかの急展開により最悪の事態だけは避けられた。おかーさんありがとう!
「拓馬さん起きたばかりでお腹減ってますよね? 少し待っていてください、すぐ朝食を作りますから」
 飯の前に運動を強要させようとしたのはどこのどいつだと、切り返す前に叶は室外へと消えた。
「だからそれは私のお仕事なのに……。はぁ、たっ君は顔洗ってね。二度寝の心配だけはなさそうだし」
 そりゃ流石に目はパッチリですとも。
 不貞寝はしたい気分だが、また襲われそうだからできない。
「なぁ、どうして俺を怒らなかったんだ?」
 俺の予想では、円は部屋に入って早々にショックで何処かへ走り去るか、エッチなことはいけないと思いますと説教されるかの二者択一のはずだったんだけどな。
 ハズレもハズレの大ハズレ。円おかーさんはかなり冷静な対処だった。
「たっ君が助けてって言ったんだよ?」
「そうだけど……色々誤解されてもおかしくないシチュエーションだったからさ」
 理不尽なリアクションをとられるかと思ったとは、口が耳まで裂けようとも言えない。
「たっ君のことはよくわかってるもん。たっ君に女の子を連れ込んで襲う甲斐性はありません」
「仰る通りでございます」
 理由がとてつもなく情けないが、生き残ったのだからこの際良しと思うことにしよう。
 俺の反応にくすりと円は微笑む。
「それじゃ私も台所に行くね。起こすのは先を越されちゃったけど、お料理は譲れないもん」
「俺は着替えて顔を洗います」
「でも、どうしてああなったのか後でしっかり説明してもらうからね!」
「りょーかいしました」
 最後にしっかりと五寸釘を打ち付けて円は出ていった。
 こりゃ朝飯は二人前だな。その前に大口論が勃発しそうだけど。
 また一歩、現実が俺の目指す平穏から遠ざかったわけだ。
≪これが世に言うハーレムフラグか≫
「叩き割るぞこの野郎」
 俺は服を着替え、これから起こるだろう新たな修羅場展開を乗りきる策を考えた。
 数秒後やっぱりそんなものあるわけないと言う結論に辿り着く。
 どーとでもなれ。大きな溜め息を吐いてから、朝食の場へと向かうのだった。

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