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緋色の平穏 Ep7『大恋上2』

「お兄ちゃんの隠れエッチー! どうして覗きなんてするの! もう、言ってくれればお兄ちゃんになら、ちょっとくらい……。うぁ、にやにやするなー!」
 そんな愛らしい妹の声が、俺のモーニングコールだった。
 もちろん俺に妹なんていないし、起こすためにこの台詞はないだろう。そりゃいくらなんでも調教完了し過ぎだ。
 発言者はモニターの向こう側に住む美少女。そう俺の独白に微笑むそこの貴女です!
「中途半端な目覚めのせいでまだおつむが半分ドリームワールドか」
 いかんいかん、ゲームしながら寝ていたらしい。指が偶然エンターキーを叩いたようだ。
 やはり一日で全員攻略は無理があったか。どこぞの落とし神様のようにはいかないな。
 机に座ったまま寝ていたから、眠りも浅かったのだろう。まだ瞼が働きたくないでござると訴えてくる。
 出来れば布団の中で第二ラウンドを開始したい……睡眠をだからな!
 それでも『俺の嫁二百三号』は次の台詞をまだかと待ち望んでいる。そんなに俺と交流を深めたいか、しょうがないなぁ。
 しかし画面右下、彼女の世界でもない2Dと3Dの境界線にある時計に目をやると、予定起床時刻の五分前だった。
 ここで彼女と俺の恋物語を再開してしまうと、おそらくメイクラヴまでいってしまう。それこそエリエールが新たに消費される方の第二ラウンドが……。眠いけどテンションは高いな、俺
 約束すっぽかすわけにもいかないし、続きは夜のお楽しみにしますか。
「ふわぁ……あぁぁう」
 大きく伸びすると、欠伸も漏れた。背骨が急な活動にニート心を荒げてラップ音を奏でる。バッキバキだよ、上も下もな。
「拓馬の奴なら小野宮が甲斐甲斐しく起こしにくるってのに、俺ときたら」
 桧山修一の青春は、ちょっぴり平面寄りだった。
 むぐ、俺だってその気になればメイドさんが起こしにくることくらいわけないんだぜ! 中身おばちゃんだけど。
 ちゃっちゃと着替えて部屋を出る。男の着替えを詳細に記す趣味はねぇ。
 不定期に出勤してくる欠伸を拒まず発射しながら廊下を渡っていると、少しばかり俺に似た男前が反対側からやってきた。いや、全体的に俺の方が上だがな。
「おはよう兄さん。今朝は早いんだね」
「分刻みのスケジュールをこなす身だからな」
「それは休み以外の僕だよ」
「なっはっは、そうだっけか?」
 やれやれと呟く弟。だけどそこに侮蔑や嘲笑といた類の含みは感じられない。
 修司と俺は面の皮こそ似通っているが、装飾も中身も正反対。だからこそ、仲もそこそこ良好だ。
 少なくとも遺産相続で骨肉の争いをする心配はしなくていいぐらいには。
「兄さんもこれから朝食かな」
「おぉ、マックで済ませちまおうかと思ってたが?」
「たまには一緒に食べようよ。父さん、今日はもう出かけていないから」
「そっか。じゃ節約しておくぜぇ」
 二人でメイドのおばちゃんが作った朝飯を食べる。ここってジャパンだなと再確認が出来る献立となっていた。
 納豆食べるのどれくらい久しぶりだっけ、と別段思い出す必要ない記憶を本腰入れて探りもせず腐った豆と一緒にかき混ぜる。
 途中でお袋が現れて三人となったが、別段空気は変わらない。
 ここに大黒柱的な人物が挟まってくれば、酸素が全て二酸化炭素に入れ替えられたんじゃないかというくらい沈没する。
「あら、修一が家でご飯たべれる時間に起きてくるなんて珍しいじゃない」
「たまにはな」
 反論してやりたいが、夏休みに入ってまともに起きたのは今日が初めてだから返す言葉が見つからない。
 なんか適当に言葉が見繕えれば良いんだけど、俺にそんな才能はないから波風立てない返しを選択した。ついでに漬物のぽりぽり音でごまかす。
「僕が誘ったんです、お母様」
「起きたのは自力だぜ」
 漬物飲み込んで、美点は主張しておかないと。新たに口へと放り込んだ海苔の軽快なぱりぱり感が俺の清々しさをアップさせるぜ。「そうだったね、ちゃんと着替えて廊下を歩いていくる兄さんを見たときはびっくりだったよ。山でツチノコ見た気分だった」
「俺はUMAかよ」
「近いかも。生き方とかさ」
「関係ない部分に踏み込んでっぞ」
「この家でそこまで自由奔放に生きれるのは、一種の才能だと思ってるよ」
 それは褒めてるのか、けなしてるのか。たぶん両方だろうな。
 皮肉だけど悪意は介在しないので、深くは追求しないが。そんなものはどうして味噌汁の具材が豆腐なのかと聞くようなもんだ。
「あなた達が揃うと食事が賑やかになるわ」
「すいません、お母様。調子に乗りすぎました」
「喜んでるのよ。もぅ修一が起きるとわかってれば、私が朝ご飯作ったのにぃ」
「子供みてーなこと言うなよ」
 修司は親父やお袋と話すと敬語になる。英才教育の賜物だな。親父が相手だと俺にすら敬語を使う。
 俺はそれが嫌で仕方ないし、修司もそれをわかっていて親父が近いと俺とは最低限の会話しかしない。本当によくできた弟だよ。
「そういえば兄さん今日はどこへ行くの?」
「また輪廻さんのとこでお仕事なのかしら」
 ちょっとしただだっ子みたいだったお袋が、マジ顔になる。輪廻さんの下で行う仕事が、命に関わるレベルだと知っているから。
 でもあの人がよく法を無視しているのは知らないし、教えるつもりもない。お袋は元管理局員だから。
「いや、学校で剣道部の見学に来いって先輩がうるさいんだよ」
「そうなの。良かった」
「兄さん強いんだから、いっそ剣道部に入ればいいじゃないか」
 剣道については、よく色んな奴につつかれる。
 表に出せば認められるだろう才能を持っていて、あえて披露しない俺がどいつも不思議でしょうがないらしい。
 例外はトルバドゥールの奴らと、お袋だ。
 お袋は俺の剣道についての話になるといつもノーコメントを貫く。大昔あんな馬鹿をやったのに、よく黙認してくれるなと感謝しまくりだ。焼き鮭の皮以上にありがたい。
「部活じゃ俺が欲しい物は手に入らん」
「欲しいもの? 何それ?」
「誇りだよ」
「誇り? それは逆じゃないの?」
「ごちそうさん」
 最後に具の消えた味噌汁を一気に全部すすり、食事は終わり。修司の質問には答えず、俺は部屋に戻った。
 剣道をやめた理由。
 それは剣道が道だから。俺の剣は道を切り開くもので、道そのものであってはならない。
「俺の刀は人斬り包丁だからな」
 いや、人以外も斬るからただの長い刃か。
 真面目っぽい語りも、俺がするとすぐくだらない話に変質してしまう。でもま、出かける準備を整える間の思考ならこんなもんだろ。
 必要な物は大方持った。体育だけは剣道をとっているので道具はある。
 持っていないくても、どうせ強制で貸し出されるのだけど。
 じゃあ、行ってくるよマイハニーナンバー二百三、いや二百四だったか?
「兄さん、ちょっと良いかな?」
 丁度ドアに手をかけようとしたタイミングで、修司がノックしてきた。なんだか知らんが、珍しくまだ集合までは時間に余裕もあるし、その手で修司を部屋に招いてやる。
「うわ、相変わらずっていうか悪化してるね」
「人の部屋貶めにきたのかよ」
「あははごめん、ついね。食事中にした話の続きなんだけど」
「流したんだから答えたくねーんだって悟れよー」
 誇りってことにしたのは失言だった。ニュアンスはたぶん間違っていはいないが、そんな大層なもんじゃねえから。
「そうじゃなくて、兄さんがあんな強引に話し打ち切るなん珍しいから、怒らせたのかなって」
「別に。ちっと大げさに言い過ぎて、恥ずかしくなっただけだ。気にすんな」
「そか。良かった」
 安心の仕方がお袋とそっくりだな。家族の誰にも似てないのは俺だけだ。
「俺はさ、賞とかそんなに興味ねえんだ。もらえりゃ嬉しいけど、そのために努力する気にはならん」
「でも、人に認められるのはすごいことなんだよ。認められたくても、どうしても認めてもらえない人もいるんだから」
 修司の話し方が少しばかり熱っぽくなっている。あいつはいつかの自分でも思い出しているのかもしれない。俺がまだ跡継ぎ放棄を明言する前、親父に予備としてしか見られていなかった頃の自分を。
 話の根底にこいつがあったから、わざわざここまで来たのかもしれない。
 なら、俺がこれから語るのは、道を逸れた理由であるべきだろう。
「人に認められても、自分が認められなきゃ意味ないじゃん?」
「え?」
「決まったレールを進んでよ、そうして人に褒められてもそれで俺自身は何か成し遂げたとは思えねえ。それなら俺は、誰に認められなくても俺が敷いたレールを走りたい。きっと脱線しまくるおんぼろレールかもしんないけど、俺の通ってきた道だって胸を張れるんじゃねっと思ってさ」
 あー、やっちまった。はずい、これははずいぞ。こういう語りは、拓馬の役割だよな。
 修司はらしくなく、間抜けた面で俺を見つめる。そんな目で俺を見るな!
「あはは、兄さんらしいや」
「るせーよ」
 あーもーくっそ、笑われた。これは悪意がなくとも良い気分はしない。でも自覚できるくらいには自滅だからしょうがない。
 やっぱ俺が自分語りしてもただの厨二病だ。
「兄さんは孤高だね」
「ぼっち扱いかよ」
「孤独と孤高は似ていても違うよ。孤独は誰もいないけど、孤高には誰もいらないんだ」
「どっちにしろ寂しい奴だな」
「でも兄さんは寂しいと感じていない。だから孤高だよ、わかるかな?」
 そういえば拓馬が昔、本当に完璧な人間は誰も必要としないと言っていた。
 自分だけで何でも出来てしまうから。必要としないなら、いなくたってなんとも思わないと。
 俺もそうなのか? 俺の道は誰とも交差しなくても、ひたすら走り続けられる?
「わかんねーっ。つかもう時間だな」
 ちゃちい嘘だ。まだ数分くらい油の行商人になってやってもいいが、なんか逃げてしまった。格好悪いペテン師だな。
「うん、付き合ってくれてありがとね」
「そういう台詞を女子に言われてえんだけどな」
「それでこそ兄さんだ。じゃあ行ってらっしゃい」
「すげー気になる送り方だが、行ってくる」
 そうして俺達は部屋を出て、男前で年上の方はそのまま外出した。重要なのは年上よりも男前だぞ。

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