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緋色の平穏 Ep8『道歩む者、術(すべ)操る者8』

「俺はただ静かに生きたい」
「ならば何故輪廻の下にいる。トルバドゥールに所属する限り、お前に安息ないだろう」
「輪廻さんには拾ってもらった恩義があるし、美羽も含めて俺には家族みたいなもんだ」
 ここに至るまでに俺は他人の血を流し過ぎたし、知りたくもない情報をいくつも知ってしまっている。このまま一人立ちすると、これらが俺へと降りかかるのは明白だ。
 俺は輪廻さんに使えていると同時に、そういう俺を消してしまいたい連中から守られてもいる。
 だからすぐに輪廻さんの庇護から外れるというわけにはいかない。
「家族……か」
 フェイトとリンディに養子の嘘が有功だったように、八神家に有効な逃げ口は家族。怪しいとわかっても自分と被り、どうしても煙に巻かれやすくなる。煙幕には最適なフレーズだ。
「ヴォルケンリッターは、はやて達から俺の過去を聞いていないのか?」
「聞いていない。だが、お前が私達と似ている部分があると、主は言っていた」
 似ている、か。境遇においていくつか共通点は見られる。はやてはそれを言っているのだろう。
 俺からすれば同意半分、苦笑が半分と言ったところだが。
「俺はずっと昔に血の繋がった家族を失ったのさ。そうして身寄りが無くなった俺を、管理局と関連する組織が拾ったんだよ」
 はやても幼い頃に家族を失い、管理局員に援助されている。俺と違うのは事実上後見人となった管理局員は、黒い計画があろうともうわべっ面は友好的に接していたことだろう。
「ならばお前も主と同じく金銭面の管理をされていたのか?」
「いや、拾った連中は管理局に繋がりがあるというだけで、キマイラという非合法の組織だ。俺の扱いは実験材料そのもので、選択肢なんてありはしない。勝手に身体を弄られては、命がけの任務に送られる毎日だった」
 自分の道を選べずに、ひたすら従い戦うしかなかった生活は、ヴォルケンリッターに通じるものがあるだろう。
 はやてという最後の主に到達するまでは、こいつらも地獄のような毎日だったろうから。
「なるほど、だから主はやては似ていると」
「人間生きていれば不都合は起きるものさ。ただ形が歪だったに過ぎない、俺はな」
 この平和に見える地球という世界ですら、真に平穏のぬるま湯に浸かっていられているのは、ほんの一握り。
 地雷の埋まった地を歩く者。明日の食事に困る者。産まれてすぐ病で息絶える者。産まれる前に消える者……。
 それは異世界でもそう変わるものじゃない。俺もたまたまそっち側に踏み込んだだけのことだ。
 だけど、それは俺に当てはまれども、ヴォルケンリッターには該当しない。
「我らはお前と違う。戦うために生を受けたと、そう言いたいのか?」
「夜天の書が闇の書と呼ばれるようになってからは、その通りだろ」
 人が生まれる生物学的な意味は子孫繁栄だろうが、個々の生きる意味など本人が見つけて考えるものだ。ギャルゲーやるために生きてようが、ドラッグと暴力やるために生きてようが、本人に後悔がないのなら家族を養うために生きてる奴と人生の価値はそう変わらない。
 けれどそれは自然が生み出した人間という生き物が前提だ。それ以外、人工的に生み出された部類の人間には、生み出された理由がある。
 フェイト・テスタロッサがアリシア・テスタロッサの代替となるため産まれたように、ヴォルケンリッターは闇の書のページを埋めるリンカーコアの魔力を収集するために生まれた。
 どちらも途中で生きる意味をすりかえられたが、ヴォルケンリッターは永い時の中で己に課せられた使命を果たしてきた。
 あらかじめ目的を定められて産まれるのと、ただ漠然と生きてきた者が急に枷が嵌められるのとでは、根底的な差がある。
「我らはただ主に呼び出されては、ページを収集し闇の書本来の力を取り戻すという務めを遂行するだけだった。そこに幸せや不幸せの概念はそもそも存在しない」
「クレーンゲームのアームがプライズ掴みをためらうのなら、それは欠陥品に他ならないだろうからな」
「ヴィータ以上にすっぱりと物を言う性格だな、お前は」
 ケースバイケースだけどな。
 フェイトとヴォルケンリッターをさらに区分するのなら、フェイトは人造人間とはいえ中身は人間そのものであり、身体を分析しようとも自己申告無しで人工生命だと他者は気付けないだろう。
 比べてヴォルケンリッターは人の形をしていても身体はプログラムであり、元来夜天の書を構成する機能の一つだ。いかに人と違わぬ魂を持っていようと人間とは一線画す。
「別にあんたらを貶めたいわけじゃないさ。俺からすれば、管理局が管制人格を裁くことがまずナンセンスだと思うし」
 これは差別でなく差異。ならば思考も、当然プログラムに沿ったものとなる。ロボット三原則と同様の流れだ。
 “機械は人を襲わないように作られる”のではなく、“人を襲う機械は危険だから作られない”。もし機械が人を襲うなら、理由は作成者の勘違いか悪意ぐらいだろう。
 要するに、AIを持った車がどれだけ人を轢き殺して犯罪を生もうが、悪いのは車ではなくバグを生み出した者。AIに心と呼べるものがあるなら、AIは加害者ではなく、社会道徳的な悪を否応無しに埋め込まれた被害者となる。
 まぁ、そんなものはその車に俺とその関係者が襲われない限り、どうだっていいのだが。
「ふふ……」
 笑われた。
 シグナムに蔑んだ様子はなく、本当に可笑しいから笑ったらしい。
「嘲笑以外の意味で笑いが入るとは思わなかったよ」
 本人もそんなつもりはなかったらしく、「すまない」と頭に付けて話を続けた。
「今は私もお前も、その管理局と共に在るがな。そこまで客観して言い切られると、フェイトとは別の意味で清々しささえ感じる」
「ヴィータなら憤慨していそうだ」
「あれはそうなるだろう。暁、そんなお前ならば、自由を奪われている間何を感じていた?」
 探っているのか、単純な興味本位かどちらともとれる質問の仕方だ。
 タイミングによってはしっかりと計らないといけないが、ここで嘘をつかないといけない理由はないので、どちらであっても俺の返答は変わらない。
「初めは、痛くて恐くて誰かに“助けて”欲しかった。でも地の底に等しいあそこでは、助けなんてあるわけない。そう悟ってからは“助かる”ために生きていた」
「シンプルだな。だからこそお前という人間を信用できん」
「あまり買いかぶられても困る。あの頃は生き残るカテゴリ以外に思考を割く余裕は無かったんだよ」
 飼い主との会話中に目を逸らしたなんて、ちょっとした失敗とも言えない行いから、いとも容易く死に繋がるような場所だ。
 常に最善を読んでも死ぬ時は死ぬ。おかげで輪廻さんの下でも死なないくらい生存技術が鍛えられたが、それに相応しいくらい気を抜く暇は無かった。
「プールの一戦と似たようなものさ。ギリギリのラインで生きていた」
「本当にそうか? お前の戦い方を見る限り、まるで命を投げ捨てているようにさえ見える。あれは助かる確信なくして取れる行動ではない」
 球太郎戦で見せたような命を賭けの戦闘方法は、これまで幾度となく繰り返してきている。
 俺にとっては、それこそが勝利を得るチャンスを掴むための条件であるからだ。
「余裕なんて、無いものは無いのさ。だけど命と余裕を天秤にかけては駄目。それはそれと考える、別物として捕らえなくちゃいけない。命は大事だ……。だからこそ、丁寧に扱いすぎてはいけない。己の生命を壊れ物を扱うように扱う保身主義者は、目前の小さい利を得て生きるのみで、大願を成就することは叶わない」
 生きるために命を捨てる。他人とっては異常でも、俺にとってはこれが常道。
 頭の中で駆け巡る生きたいというノイズを消して初めて、必要な結果を導くためのプロセスをクリアに見れるのだから。
「お前はさっきどうしてそこまで切り捨てられる? 死の恐怖は容易に消せるものではないし、消していいものでもない」
「壊れているだけさ」
 助けて欲しいが助かりたいに変わり、やがて助かるに変わって恐怖心は霧散した。
 地の底で命を繋ぐことこそが願いだったはずなのに、願いはいつしか行動へ移っていて、気が付けばそれはもう生きる目的へと転嫁されている。
 自分の意思に沿った末にしくじって死ぬのなら、終末さえも受け入れてしまえる達観。それさえも捨てる意思の裏側には、生を手放したくない絶対的な願望が動力となっている。
 これは執念だろうか、それとも妄執だろうか。どう移り変わっても諦めへは変化せず、生に縋るという共通の根源だけは八年の年月を経ても途切れていない。
「それに何より、俺は生きたい。誰よりもな」
「それがお前なのだな。誰より何より自分の命が優先される。そのためには自分の感情さえ殺せてしまうとは……」
 どれだけ言葉を並べて理論立てようと、結局は“生きたい”の一言に集約されてしまう。
 生きたいなんて単純すぎる人間の本質こそが、俺という人間の源泉。生そのものの願いには善も悪もない、生物として当然所持している本能だ。
「人間である限り、恐怖や動揺の信号がオールゼロで脳髄に伝わらないなんて不可能だ。それでも行動に支障をきたさない程度に感情を抑え込むのは、俺にとってそう難しくない」
 たとえ仲間が死のうと仲間を殺そうと、傷だらけで瀕死になっても俺は俺のままだ。
 俺が感情制御の技術を確立したのは、我を失わないため。自分を失くさず己を貫く姿勢こそが、生を呼び込むと信じたから。
「だいたいわかった」
 そう呟き頷いたシグナムは、俺の死生観に対し自分なりの結論を見出したらしい。
 俺は持論を一旦止めて、シグナムの続きを黙して待つ。
「お前は弱い。私の知る誰よりも」
「へぇ」
 これまで異常や狂っているだのはよく言われたが、弱いと評されたのは初めてだ。
 怒り心頭なんてさざ波立つような負の揺らぎは無く、思わず笑みを浮かべてしまうくらいにはシグナムの判断理由が気になる。
 純粋に興味深い。ここは永き闘争の人生を潜ってきた騎士の精神論を拝聴しようじゃないか。
「拓馬、お前の強さはどこまでもお前自身を支えるものでしかないだろう。お前は自分しか省みれない人間だ」
「それが?」
「誰かのために戦えない人間は、本当の信頼を得ることはできない。最終的にお前の周りには誰もいなくなる。本当にお前が追い詰められた大事な時に、お前の心は独りだろう」
 なるほど、誰かに仕えるために生きた騎士らしい発想だ。
 自分のためだけにここまで生きた俺とは逆転した価値観。自分ではない誰かに捧げた者だからこその考え。
 これで見えた、シグナムという女騎士の護り奉仕する本質が。
「独りときたか、なるほどね。流石はここ一番を誰かのために浪費している騎士様だ」
「主の辛きを支えるからこそ、主も私達に応えてくれる。それが信頼というものだ」
「そりゃ修一と噛み合わない。戦いを愉悦にしても、愉悦のために本気の闘争は行わないあんたじゃ」
「私は技術の競い合いは嫌いではない。それに主はやてのためにならば、私はいくらでも剣を振るおう。だが、意味もなく人を傷つけるために力を使おうとは思わん」
 バトルマニアが聞いて飽きれる。自分の命のためでは死合いすらこなせない者に、戦闘狂の名を冠するべきではない。
 ヴォルケンリッターは誰かのためにで初めて成り立つ力なのだ。
「そうみたいだな。だとするならこれ以上この議論を続ける価値は無いだろう。それと、俺からも聞きたい話がある。いいか?」
 ここから先は本来シグナムが知りたかった情報から話がズレるし、どれだけ進めても平行線だ。
 それより、そろそろこちらに実りのある話をしておきたい。
「かまわん。こちらから質問ばかりではフェアではない」
 許可を取ったのは公平さを重んじるだろうシグナムなら、迷い無く了承すると見越してだ。むしろこれで質問しやすくなる。
 それにこれは一見等価交換に見えるが、そうではない。俺が出した情報は別にトルバドゥールを介さずとも個人でリンディやクロノに問い合わせれば管理局内だけでも引き出せるレベルのものばかりだ。
 言わば流通性が高く、そんなに話としての価値は高くない。
「ヴォルケンリッターだって、もう俺達が事件の犯人とは思ってないんだろ?」
「ああ。ダイセイオーとの戦で、お前達の直接的な嫌疑は晴れている」
 直接的との注意付きではあるが、警戒レベルは何ランクか下がっているだろう。大事なのはそこではないので、ここは深く踏み込まない。
「なら、それ以後のあんた達に、合同会議で出ている以外の具体的な犯人像はあるか?」
「大したものはない。せいぜい犯行手口と被害者の関係性の薄さから、人間そのものに恨みがあるのではないかというぐらいだ」
「ふむ、人間そのもの、ねぇ」
 これも擬似生命だから優先される考え方だろうか。
 人間が憎いから、人間を滅多刺しにて殺す。一見筋は通っているように見えるがはてさて……。
 何にせよ、これでだけでは役に立ちそうも無いな。この会話からどう有効な手に広げるかを思案したところで、俺の携帯が鳴った。少し子供っぽい着信音だから、相手は美羽だ。
「失礼。はい、もしもし」
『たっ君?』
「そうだよ、どうしたの急に?」

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