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緋色の平穏 Ep9『偶像崇拝シンメトリー22』

 花びらが風に乗り、詩都音へ集まっていく。いや、詩都音の持つ耶徒音に寄ってるんだ。
 耶徒音の下に集った花びらは、やがて収束していき、新たに形を変えた。
 肌色に。
 黒色に。
 白色に。
 腕に。足に。体に。
 服に。
 フリルに。
 次々と変わる。変わって、作られていく。
 やがて詩都音の手を離れても床へは落ちず、自分の足で耶徒音は立てるようになっていた。
「これが耶徒音の正体なの?」
 人間だ。首だけだった耶徒音は、あっとう言う間に身体を得て、ゴシックロリータ姿の少女と変貌している。
「修一の発想力的に、“ゴスバラ”ってのは、ゴスロリと薔薇で間違い無さそうだな。略さず書けよあの馬鹿」
 身体を消したり薔薇に変えたりが可能なら、やっぱりどこにでも隠れられる。それにたっ君だけで調べた時も、この部屋のどこかに居た可能性が高い。
「やろう。やっちゃおう。耶徒音ちゃん」
 緩やかに風が収まっていき、耶徒音が動く。それはもう普通の人と変わらない動きだ。詩都音の下に腕を回し抱きかかえて、窓から外へと飛び出した。
「こっちを誘ってる。私達も追いかけよう。セットアップ!」
「外に出てくれるならこっちとしても好都合だよ。この狭い部屋でやるのは、こっちも遠慮したかったからな。いくぞ相棒」
 デバイスを起動し、防護服としてバリアジャケットを装着しながら、私とたっ君も後を追って外へと飛び出す。
 窓の外は一メートルもないくらい狭く、結界で進めなくなっていて、これじゃ上へ進むしかない。
「この結界の張り方といい、外の待機メンバーの存在に気付いたかな。耶徒音を発見して連絡を入れようとしたが、その頃には既にジャミングされていたし」
「そんな余裕が詩都音にあったようには、見えなかったけど。無意識で発動させたのかな?」
 本郷雄輔さんがレアスキルでダイセイオーを生み出したように、耶徒音という存在を詩都音が意識せず生み出している可能性を私は考えている。
 ならば、この結界も耶徒音を守りたいからという理由で、詩都音が自覚しないで生み出しているのかも。
「俺らが見事に孤立したという現実だけは、確かだよ」
「そうだね。私とたっ君だけで、なんとか耶徒音と詩都音を止めないと!」
 耶徒音は腕に詩都音を持ったまま壁を蹴る。そして飛んだ先で、今度は結界を蹴って上へ。それを高速で何度も交互に繰り返し、上の階へと昇っていく。これだけで耶徒音が、常識外れのバランス感覚と運動能力を所持しているとわかる。幼い見かけに騙されちゃいけない。
 最後の結界を蹴り、耶徒音は視界から消えた。屋上へ到達したからだ。
「ここ四階だから、三階分は軽く蹴りで登ったな。なんてロリッ娘だよ」
「屋上に入ってすぐの奇襲に気を付けて!」
「ああ、わかってる」
 迎撃のためにいつでも反撃の警戒をしながら、私達も屋上へと到着し、コンクリートの地面を踏む。
 耶徒音からの先手はなかった。詩都音をかなり後方へと下がらせて、耶徒音は一人無構えで立ち尽くしている。攻撃より詩都音の安全を優先にしたようだ。
 詩都音と耶徒音が相手ではあるけど、直接戦うのはあくまで耶徒音だけという意思表示にも見える。私もあまり戦う力を持たない詩都音を傷つけたくはないし、耶徒音との戦闘に集中できるならそれがベストだ。
 でも私は、可能なら戦わずに話し合いで解決したい。それが甘いって怒られる、ただの理想だとしても。たとえ相手が殺人鬼でも平和的に収められるなら、その道を探したい。
「詩都音……もう一度だけ、私の話を聞いてもらえないかな」
「フェイトちゃんが私から耶徒音ちゃんを盗るなら、聞く話なんてないよ」
 最後にもう一度だけと交わした言葉も、完全な拒絶だった。今の詩都音には、耶徒音以外は何も見えてないし、見ようとさえしてない。
「フェイト、もう会話で事件を解決可能な場所は、とっくに通り過ぎてる。ここはもう覚悟の決め時だ」
 たっ君も、いつでも開戦可能だと示すように、両手には魔力で精製した緋色のナイフが数本握られている。
「そうだよ。私は耶徒音ちゃんと平和な生活をするために、邪魔な人達は全部消すって決めたから」
 耶徒音が大事で耶徒音が全て。耶徒音さえいれば、他に何もいらなくて、邪魔をするなら全て排除しようとする。その姿勢に、私は失ったアリシアを、虚数空間に落ちてでも求め続けたプレシア母さんを重ねていた。
 どうにもならないからこそ、母さんを思い浮かべてしまう。母さんも、最後まで私の手をとってくれることはなくて、アリシアと共に届かないところへ消えてしまった。
 やっぱりもう戦って耶徒音を倒してから、きちんと話をするしか、詩都音を説得する方法はないんだ。
「わかった。じゃあ耶徒音を逮捕してから、ちゃんと話を聞いてもらうから」
「無理だよ。耶徒音ちゃんは誰にも負けない殺人鬼だもん」
 美濃耶徒音は、海鳴市に住む人の命を奪い続ける殺人鬼。詩都音もそれはわかっていて、それでも耶徒音を守る側に立つ。自分が悪で、罪を犯していると理解しても、迷いなく耶徒音の全てを受け入れる。常識や正しさより、耶徒音を優先した。
 そんな一途に愛を向ける詩都音を、今は耶徒音が守ろうとしていて、二人の関係は歪んだままに成り立っている。
 そして耶徒音は、戦いの始まりを告げるように一歩を踏み出す。魔力の込められた踏み込みは、十メートル近い距離を瞬時に詰めた。
 打つ。打つ。打つ。
 間合いに飛び込んできた耶徒音は、標的を私に定めて、次々と打撃を繰り出す。
 時間をかけて訓練し続け手に入れる技術ではなく、動物の野性みたいな身体能力を活かした力技だ。コンビネーションと呼べる連携もしてない。
 だけど一発一発が速い。それだけ耶徒音の純粋な能力が高いんだ。
 速く。
 早く。
 疾い。
 スピードはあるけど、これならなんとか避けられる。単純だから攻撃は読みやすいし、明らかに戦闘慣れはしていない。
 左右交互にパンチを繰り返した次は、大振りなアッパーカットだ。耶徒音のバランスが悪い今なら、バルディッシュで斬り込める。
「でも駄目だ」
 私は避けることに専念する。シグナム達なら、私と同じように、いや私より巧く撃ち返せたはずだ。だからまだ何かある。シグナム達を倒した何かが。
「このくらいじゃ、私は負けないよ耶徒音」
 ユーノを除く三人はクロスレンジを一番得意としていたのに、短期間で敗北してる。そして耶徒音が挑むのも、同じ接近しての攻防だ。
 全員が真っ向勝負で負けたというのは、まず考えられない。だとしたら、接近戦を挑んだ上でさらに奇襲をかけられるような、そんな武器を耶徒音は隠し持っていると考えた方がいい。
「フェイト!」
 一旦下がれ、と。耶徒音の背後を取るように回り込んだたっ君が、距離を取りつつミドルレンジで攻め込む。戦いが始まる前から装備していたナイフでの射撃だ。
 魔力の込められたナイフを、しかし耶徒音は避けなかった。それどころか、シールド魔法や守るといった行動を起こさない。たっ君が放ったナイフの三本全部が、耶徒音の背に突き刺さった。
 おかしい。これは不自然だ。
『フェイト、気を付けろ』
『うん、わかってるよ』
 だって拓馬が投げたナイフは全部非殺傷設定で、耶徒音に“刺さるはずがない”んだから。
 これだ。シグナム達を倒したのは、この能力のはずだ。耶徒音の持つまだ知らない力が今発現している。ここでその力を見極めよう。
「耶徒音ちゃん!」
 離れた位置から、詩都音が我慢できずに妹の名前を叫び、近寄ろうとする。それに対して問題ないと言う様に耶徒音は動いた。
 耶徒音の無表情からは、何も読み取れない。その無機質さが、耶徒音の雰囲気をより人間離れさせている。
 何事もないように拓馬へと振り向き、何事も無かったように、背中に刺さるナイフが消失した。
「そういう能力か。これなら、色々と説明が付くな」
 耶徒音の背中には傷痕さえ残っていない。ただ黒く変色したバラの花びらが何枚かが、風に乗って踊るように散らばり、消えた。
「この現象は、球太郎の……」
 魔力分解スキル。私達がプールで経験した、球太郎の魔法無効化に似ている。
「原理は違うが、内容は似たようなもんだな」
 球太郎の防御システムは特殊装甲で魔力を分解していたけど、耶徒音が使っているスキルとしての無効化は、
「直接触れて魔法に干渉し、魔力に吸収してるみたいだね」
 初めから攻撃が効かないから、守ったり避けたりする必要がない。単純だけど、強力なスキルだ。
「例えば、この花びらが体内に入り、リンカーコアみたいな魔法機関に直接影響を与えてると考えればどうだ?」
「リンカーコアで魔力の供給ができなくなって一時的に魔力のコントロールを失うと思う。けどそれよりリンカーコアに異物が入ってくることの方が危険だよ」
「魔力を暴走させて昏倒するくらいには、危ないだろうな」
 リンカーコアは魔導師にとっては魔法を使用するための大切なコアだ。そこの制御を奪われてしまったなら、最悪は命に関わる。
「じゃあシグナム達は……」
 特にシグナムとヴィータはその存在を魔力で構築している。与えられる影響は普通の魔導師より大きい。
 きっと何も知らないままに戦えば、私はさっきのクロスレンジで反撃してまい、花びらの侵食を受けていたかもしれない。そしてそれは、そのままクロスレンジで戦う全ての魔導師にも当てはめられる。
「そう考えれば、修一たちが数分とかからず敗北したのも納得できるな」
「うん。シンプルで、強力なスキルだ」
「すごい、すごいよ耶徒音ちゃん!」
 攻撃されても問題なく戦闘を続ける耶徒音を見て、不安を消し去ってはしゃぐ詩都音。
 詩都音からすれば、耶徒音の強さをよりわかりやすく確信できたんだろう。
「だが、種が割れればやりようはある」
「うん」
 魔力を吸収し、黒くなった花びらが散っているなら、身体を維持できなくなるまで魔力を吸収させれば止められるかもしれない。
 かなり大変だけど、決して無敵の能力じゃない。
「じゃあ、いくぞ」
 たっ君が精製したナイフをさらに射撃する。数もさっきより増えていて、耶徒音も、私じゃなくたっ君に方に注意を向け始めた。
「美少女がじゃれ合うのはとても素敵だけど、お兄さんとも遊んでほしいな」
 耶徒音が言葉を理解したり、自分で話したりできるのかもわからないから、挑発までする必要はないと思うんだけど……。
 まぁたっ君だからしょうがないよねとちょっと諦めつつ、耶徒音の気がこっちじゃないその隙に、私は大型魔法の展開を始める。
 だけど、それは甘かった。
 耶徒音は自分から、身体を花びらへと還元し、たっ君へと放った。
 数十枚のバラ達に、たっ君のナイフは分解されてしまう。それでも消えずに残る花びらが、たっ君へと迫る。
「身体を張る子だな」
 耶徒音本体もただ立っているだけなわけない。分離したバラでたっ君の動きを封じた耶徒音は、標的をまた私へと戻して、一気に距離を詰めてくる。
「フェイト、逃げろ。チャージをさせない気だ!」
 大型魔法の展開を停止し、耶徒音から距離を開けるために動く。それでも対応は遅れてしまっていた。
 私は耶徒音がごく単純な動きだけで戦う、そういうタイプだと勝手に勘違いしてたからだ。
 耶徒音が単純な戦闘法なのは間違いないけど、それは単純に最適化された行動を実践していた。
「追いつか――」
 耶徒音の振りぬこうとする構えを見ると同時に、しゃがみ、沈む。
 パンチが頭上のすぐ上を通り過ぎ、切った風が私の髪を撫でた。
 そのまま起き上がらずに横へと跳んで、牽制のために小型の魔力弾も忘れずに撃つ。ほんのちょっとでも、耶徒音から離れる時間を作らないと。

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