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マイナスの使い魔 第十五敗『人間だから』

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 広場で繰り広げられた前代未聞の決闘を観戦し、オスマンは一人溜め息を漏らした。

「公爵家の娘は、とてつもなく厄介な者を召喚したもんじゃわい……」

 コルベールに決闘の仲裁、そしてルイズとその使い魔の連行を命じ、ロングビルは生徒の治療に関わる者以外で教師全員の召集を命じた。

 まずは教師と生徒達への戒厳令を敷かねばなるまい。今、あの使い魔の持つ力が広まればトリステインは大混乱に陥るのは目に見えている。
 貴族を一蹴できる平民、ただそれだけならば、自分の胸に秘め事態を見守るだけでいい。

 問題はあれが行使した力だ。あの使い魔の言った『無かったことにする』という能力が本当ならば、最悪たった一人の少年にこの国が滅ぼされかねない。
 王宮は今やひたすら利権を貪りたいだけの者達に溢れている。彼らに任せればきっと事態は最悪(マイナス)な方向に転がっていくだろう。それこそあの使い魔の独壇場になる。
オスマンは再び深い溜め息を吐いた。

 しかし、全てがこちらにとって不利に傾いているわけではない。そうでなければ辻褄の合わない部分がある。
 恐らくは、

「あの能力は、万能ではあるまい」

 もしくは、そうせざるを得ない理由がある。
 わずかな取っかかりを己の希望として、オスマンもまた部屋を後にした。

          ●

 決闘から数日の後、シエスタは昼食の給仕に精を出している。
 ただしその場は食堂ではなく調理場に備えられたテーブルで、しかも相手は貴族と平民が一人ずつだ。

 二人は対等を示すよう対面に座っており、普通では考えられない組み合わせである。
 そもそも、この二人は平等じゃなければ普通(ノーマル)でもない。

「これは美味しいよミソギ」
『ギーシュちゃんならそう言ってくれると思ってたよ。この安っぽい味がたまらないのさ』

 二人が食べているのはハンバーガーと言うサンドイッチの一種で、禊の要望により味と形は彼がいた国のそれと近くなっているらしい。
 遠回しに安っぽい味が好きな貴族と言われたギーシュは、だけどそれを気にした様子は全く察せられず、にこやかに添えられているフライドポテトをかじっている。

「安くて沢山作れるなら、最弱のドットで複数のゴーレムを操る安っぽい僕と同じさ。褒め言葉だよ」

 貴族が平民に自分の欠点を指摘されて、それを肯定的に受け止める。この二人は、お互いの悪い部分を見せ合って認め合うというやり取りが多い。

『遠慮せず食べてよ。支払いは僕じゃないからさ』
「そう言えばよくルイズは君がここで食事を摂ることを了承したね」
『むしろ僕が食堂にいると食事が不味くなると、謂れのない非難を受けているんだよ』
「そいつは酷い」

 ルイズへの不満を話題にしたニコやかな食事風景だった。
 シエスタには、容赦なく禊に殺されかけたのに、その相手と何の抵抗もなく食事をしているギーシュが不可解でならない。気持ち悪くさえあった。

『むしろ重畳と言ってもいいくらいさ。僕は弱い者(へいみん)の味方だからね』

 ギーシュに勝ったことで、禊は学院内において平民達からはヒーローのように扱われている。
 決闘から間もない頃は、特異な力を持っていたことに対する疑念や、いくら相手が貴族でもあれはやり過ぎだったのではないかという声もあった。

 しかし禊の扱う力はあくまでも魔法ではない。そして自分は平民の味方だと、彼は言い切った。

 それに加えて、禊が決闘でもう一人の貴族を再起不能にしていた事実が大きく響いたのだ。
 あの貴族は平民を無碍に虐げることで悪評が広まっていた者であり、禊もその話は聞いていた。
 決闘の最中でさえ、自分の身だけでなく他の平民達の身を案じる優しさを持った達人。学院の平民達から信頼の厚いマルトーが禊をそう評価したため、他の平民達も彼を受け入れるようになったのだ。

 シエスタは、まず禊に謝罪した。自分から望んで決闘に付いて行ったのに、途中で気を失ってすみませんでした、と。
 それに対して禊は『気持ち悪くて格好悪いところ見せちゃってごめんね』とむしろ自分が不快にさせてしまったのだとシエスタに謝り返して、二人はあっさり和解してしまった。

 そうして少なくとも厨房にいる皆は禊をちょっとした英雄として扱う中、ギーシュはやってきた。
 正確には、禊がギーシュを連れてきたのだ。そして禊は自分だけでなくギーシュの分まで賄い料理を注文し、二人で食事をし始めた。

 これには真っ先に禊を肯定したマルトーも渋い顔をしたが、貴族が直接の相手ということもあって強くは出られず、指示された通りに禊と同じ料理を出した。
 結局その後もギーシュは毎日厨房へ来るようになり、今へと至る。もう食堂にはギーシュの食事は出されていない。

 きっとギーシュには、ここにしか居場所がないのだろうとシエスタは思う。
 決闘で平民に負けた貴族。そのレッテルはこの学院においては大きな孤立(マイナス)要因だ。

 しかも決闘の終盤では命乞いまでしてしまい、遂にはその平民と親友になるとまで誓ってしまった。
 何よりも、ギーシュが初めに成そうとしていた、禊に奪われた恋人の記憶奪回までもが有耶無耶のままである。

 他生徒からのギーシュに対する信用は、もうとっくに地に落ちている。そして貴族でありながら貴族の誇りと在り方を失ったギーシュを、禊は決闘で宣言したように親友として、今度は嘘なく手を差し伸べた。
 禊という少年は敵に厳しく味方に優しいのだと、シエスタは禊をそう解釈している。
 敵対した相手にはどこまでも苛烈に、その人生を破綻させる。

 しかし味方にはどこまでも優しい。禊を信じようとして、しかし信じきれず拒否し心を塞いだシエスタをあっさり許したように。
 貴族として堕ちたギーシュを、こうやって厨房へと招き食事を共にするように。

 禊は仲間を見捨てない。
 そんな禊を、シエスタは尊敬した。
 そんな禊だから、シエスタは彼を信頼しようと決めた。
 だから、二人の給仕をやりたいとシエスタは自分から申し出て、彼女はここにいる。

「そう言えば、ミソギは一体どこから召喚されたんだい?」
『日本という国の東京って場所だよ』
「聞かない国だけど、名前からして東方の国なのかい?」
『ここかららだと遠い異国でね。僕はそこでずっと天才(スペシャル)異常(エリート)と戦っていたんだ』
「まあ! それって貴族様と戦争してらしたのですか!?」

 貴族に逆らう恐さを誰より知っているのは平民だ。たとえ弱いメイジでも、普通の平民を相手するならばまず負けない。
 そのため、この発言にはギーシュよりもシエスタが驚き、思わず二人の会話に口を挟んでしまう結果になった。思わず口を押さえつけるように耐えたが、そんな横槍に二人は気にした様子もない。

「それは僕ごときじゃ勝てないわけだよ」

 貴族の会話に割って入るのは無礼と扱われても文句は言えないのだが、シエスタの言葉に乗り何の疑問もなくギーシュは会話を繋げていた。
 ずっと貴族に反抗して生きていたというのなら、ギーシュを手玉にとれていたのも頷ける。

『戦っていたとは言ったけど、勝ったことは一度もないよ』

 そう言って禊が顔を向けたのはシエスタだった。自分にコメントを求めていると判断した彼女は素直に思ったことを口にする。

「勝ったことはなくても、ずっと貴族様達と戦ってきたのですね。だからミソギさんはあまり貴族の方を恐がってなかったのだと納得しましたわ」

 トリステイン魔法学院は貴族の本拠地と禊は言っていたが、貴族と戦争をしていた禊にとって、ここはまさに敵地そのものなのだろう。

 それからも禊は自分がいた世界について語っていた。話によると、禊は貴族に抵抗していた平民グループのリーダーらしい。
 それだけでなく、とても大きな戦いをしている最中で禊はここに召喚されてしまって、何とか帰る方法を模索しているとのことだ。

 シエスタは貴族を恐れず戦う禊に、憧れに近い感情を抱いていた。
 わたしもそんな堂々と生きられればいいのに。なんて思うが、自分と禊では生きてきた世界がまるで違いすぎて、真似しようという気持ちにもなれない。

「しかし弱い僕が言うのもなんだけど、平民が束になっても貴族を打ち倒すのは難しいよ。君が住んでいた国では、禊みたいな特殊な力を平民達は皆持っているのかい?」
大嘘憑き(オールフィクション)は僕だけの過負荷(けってん)さ。だけど僕と一緒にエリートに立ち向かっていた過負荷(なかま)達は、それぞれの欠点を持っている。これこそが過負荷(ぼく)らの誇る劣等感(じしん)だからね』
「あの、お話を聞いて思ったのですが、ミソギさんが消えてしまってそのお仲間さん方はとても困ってるんじゃありませんか?」

 気付けば、シエスタはちょくちょく二人の会話に割りこむようになっていた。そしてやはりそれを咎めようとする者はここにはいない。

「僕もそれは気になるな。リーダーが忽然と消えてしまったのだ。組織としては大混乱だろう」

 最悪、統率者がいなくなった反乱組織は、勢いを失ってそのまま貴族に負けてしまったかもしれない。

『僕としては一刻も早く戻って、仲間達のピンチに颯爽と駆けつけて一緒に負けたいと思っているよ』
「ならば、君の大嘘憑き(オールフィクション)でここに召喚されたことを無かったことにしてしまえば戻れるのではないかい?」
『そんなありきたりの手を、僕がまだ試してないとギーシュちゃんは思ってるのかい?』

 禊の反応からしてその手はもう試した後で、結果は芳しくなかったようだ。
 人の記憶や視力を無かったことにできる大嘘憑き(オールフィクション)でも、できないことはあるらしい。

『これはまだ仮説ではあるんだけど、どうやら僕は召喚についての事象を無かったことにはできないらしい』

 言って禊は左手の甲を見せる。そこあるのは使い魔の証であるルーンだ。

「それ、ミソギが僕と戦った時、光っていなかったかい?」
『正解者のギーシュ君に拍手ー』

 口だけで禊が拍手をしないので、シエスタが代わりに拍手をしておいた。そして禊は螺子を取り出し右手に持つと、ルーンが淡く輝き出す。

「それだよそれ。使い魔のルーンが光るなんて僕は初めて見たから、印象に残っていたのさ」
『僕も理由はわからないけど、武器を持つと光って身体が軽くなるみたいだ。それでねっと』
「きゃっ!」

 禊はおもむろに、螺子を自分の左手甲に突き立てた。禊のやることはいつも突然で、シエスタはいつものように悲鳴を上げた。
 だけど血が吹き出したのすら一刹那の出来事で、禊の手はすぐ元に戻る。

『ほらね』
「ほらねって……何がだい、ミソギ?」
『僕は今、このルーンを無かったことにしようとしたんだ』

 螺子によって開けられた傷は消えたけど、ルーンも同じように復元されており、元のままだ。先の考察からして、今の実験以外でも一度は試しているのだろう。

『同じく、僕自身が召喚されたことを無かったことにしたけど、どういうわけか大嘘憑き(オールフィクション)が発動しなくってさー。僕にしては珍しく本当に困ってるんだよ』
「まさかミソギの大嘘憑き(オールフィクション)にそんな弱点があるとはね……」
『元々、過負荷(マイナス)は弱さそのものだよ』
「だからこそさ。君の弱さに際限があるとは思わなかった」

 誰にも勝ったことがないのが自慢だと、禊はここに来てから口癖のようによく言っていた。禊は誰より弱いから、誰よりも強い。
 その弱さに限りがあるなんて、この前の決闘からは想像もできなかった。

『おいおい、僕だって人間だぜ? 限界はあるよ。人間だから人の弱さがわかるのさ』
「自分が弱いから人の弱さもわかるってわけか。だったら僕なんて弱点だらけだったろうね」
『それに、僕のスキルを潰せるのは、異世界広しと言えど一人だけだと思ってたよ』
「異世界?」

 聞き慣れない単語をギーシュがオウム返しするが、禊はこっちの話しさと曖昧に濁す。これも追求しない方がいい話らしく、禊は自分から話題を転換した。

『ギーシュちゃんは、召喚の儀式を帳消しにする魔法を知らないかな? 召喚そのものを無効にするタイプなら十全なんだけど』
「すまないが、僕も召喚の儀式を無効にする魔法は聞いたことがないよ」

 使い魔とは死ぬまでパートナーで在り続けるとは、魔法の学がないシエスタも学院で聞いたことがある。それが事実なら、禊はもう自分の国に帰れないに等しいのではないか。

「もし、そういう可能性が身近あるとしたら、学院の宝物庫かな。最近噂の有名な盗賊も、うちの学院を狙ってるという噂があるぐらいだし」
『その話、詳しく聞かせてもらえるかい?』
「ああ、僕の知ってる限りを教えるよ。友達だからね」

 禊の笑みが純真なそれから、何かを企むような怪しさを顕にする。濁りのない瞳が、静かに煌めいていた。

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