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マイナスの使い魔 第二敗『僕のいた世界には』

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 トリステイン魔法学院は全寮制のため、生徒ごとに部屋が割り当てられている。
 ルイズは次の授業を受ける前に、一先ず禊を自分の部屋で待たせておくことにした。

 禊にその場で状況説明をしたら時間がかかりそうだったし、何よりこのまま禊を連れるとなると、また他の生徒から馬鹿にされるのは目に見えていた。
 どうせ明日からしばらくは使い魔の顔見せをするために平民を授業へ連れていかねばならない。なら、せめて今日くらいは……という判断だ。
 そして授業が終わり、ルイズが部屋に戻るとそこに禊の姿はなかった。

「何をやってんのよあの馬鹿!」

 禊は口の聞き方に問題があったがこっちの命令には素直だったので、一応安心していた矢先にこれだ。
 禊は部屋のどこに何がどこにあるかも知らないため、ルイズが帰るまで鍵も開きっぱなしだった。
 召喚初日から鬱憤の溜まる使い魔である。

 もしかしたら手洗いにでも行ったのかと数分は待ってみたが、帰ってくる気配はない。
 使い魔の教育は最初が肝心だ。まず上下関係をしっかりさせるべきだろうと思い、ルイズは扉に鍵をかけると、勢い良くベッドに腰掛けて持ち込んだパンとワインで一人晩餐を始めた。

 本来なら食堂でもっと豪華な食事を摂るのだが、禊に使い魔としての心得を叩きこむ時間を考えて、今日はこれにしたのである。肝心要の使い魔本人がいないのだけど。
 そして使い魔が帰ってきたのは、ルイズが食事を終えてから更に数十分後だった。

『ルイズちゃーん。忠実なる使い魔が戻ったよー』

 軽く扉をノックして、禊が自らの帰還を告げる。だけどもルイズはそれを無視した。
 返事がなければルイズが帰ってないものと思い、禊はそのまま扉を開けようとするだろう。

 けれど実際には鍵がかかっており、ルイズは既に帰ってきていたとようやくわかる。
 ルイズは、禊が必死に中へ入れてくださいと懇願する姿を思い浮かべ、ほくそ笑んだ。

 使い魔が命令違反を大いに懺悔したところを、慈悲深い主人はもう二度と自分の意には逆らいませんと誓わせて、室内へと入れてやるつもりだった。
 しかし、

『やあ、ただいま。僕だよ』
「え?」

 禊は何事もなかったかのように部屋へと入ってきた。ルイズの気分からすれば侵入してきたという感じだが。
 呆気に取られているルイズに、禊はごく自然に語りかける。

『本当にどこもかしこも胡散臭くて、ファンタジー世界そのものだね!』

 何が胡散臭いのかルイズにはさっぱりわからないし、酷い言い草の割に禊本人はやたらと嬉しそうだ。

「あんた、どうやって部屋に入ったのよ?」
『何の変哲もなく入ってくる姿を、堂々とひけらかしたけど?』
「だって扉には鍵が……」

 ルイズ自身がしっかりと覚えているため、鍵をかけたのは間違いない。
 外側から鍵を開けるには『アンロック』の魔法を使わないと無理だが、平民である禊にそれができるはずもないだろう。
 誰か代わりの者に『アンロック』かけてもらうにしても、禊以外に誰かがいる雰囲気ではなかった。

『駄目じゃないかルイズちゃん。戸締りはしっかりしておかないと』
「あんたに言われたくないわよ!」

 だとしたら鍵が壊れてしまったのだろう。明日にでも至急新しい鍵を手配しなければ。と、ルイズは腑に落ちないながらも、最も考え得る可能性としてそう結論付けた。
 特に、今自分が狼狽するとこの使い魔が付け上がるかもしれない。そのためにも平静を装わねば。

「もういいわ。それよりあんた、ご主人様の命令を無視して、勝手にどこほっつき歩いてたのかしら?」
『ファンタジー世界に迷い込んだら、まずは無責任に冒険してみなくちゃ。ジャンプ読者としては当然の嗜みだよ』

 わかりやすく意味不明だった。
 しかも話し方が一々馴れ馴れしいのがまたルイズの癇に触るのだが、何度注意しても改善の傾向は見られない。

「あんたねぇ、いい加減身分の差をわきまえなさいよ」
『ルイズちゃんは今幾つなんだい?』
「わたしは今年で十六歳よ。それが何か?」
『敬語使えよルイズちゃん。年上だぜ』

 身分差より年齢を考慮し重んじる男だった。貴族相手にこれだけ無礼な態度を示す平民は生まれて初めてだ。

「それはこっちの台詞よ! あんた平民のくせに貴族を何だと思ってるわけ?」
『僕はファンタジー作品ならドラゴンクエストが好きだけど。嫁は町娘のビアンカ一択なのさ』

 しょっちゅう会話が噛み合わなくなるが、これは禊がわざとやっているのだろうとは気付いている。突っ込むだけ無駄だと思ってはいるが、ずっと繰り返しているワードだけは何か意味があるのではないかと、ルイズは思った。

「さっきからファンタジーファンタジーって、どういう意味よ」
『やだなぁ。幻想って意味に決まってるじゃないか』
「そうじゃなくて、どうして部屋の外が幻想になるのよ!」

 いくら田舎から召喚された平民だからって、トリステイン魔法学院を幻想呼ばわりはしないだろう。
 禊の使うファンタジーのニュアンスも、ありのままに幻想を指しているわけではなさそうだというのもある。

『どうせ言っても信じないと思うけど、僕はルイズちゃんとは別の世界から来たんだよ。つまり格好いい語感の互換で呼ぶと、異邦人ならぬ異世界人だね』
「何を言ってるの?」

 出会って初めて、使い魔とはぐらかしていない対話をした気がしたが、その回答は想像の斜め上をいっていた。

『僕がいくら少年漫画大好きのアニメ脳だからってさー。異世界に連れて来られたなんてにわかには信じられなかったよ。作者の願望投影されまくったオリキャラが、最強設定与えられてアニメ世界へトリップする二次創作じゃないんだから』
「……本当に何を言ってるのよ」

 前半はともかく後半は完全に意味不明だった。だけど禊が、ハルケギニアではない全く別の世界からはるばる召喚されてきたと主張してるのは把握できた。そんな馬鹿な。

「別の世界って、どんな世界なの?」
『夢と希望が現実に押し潰された、地球と呼ばれる世界かな』
「わたしにわかるよう言いなさい」
『魔法なんて、お伽話と三十歳を過ぎた童貞くらいしか存在しなかったよ』

『それに……』と、禊はルイズをはっきり意識しながら、視線を窓へ向ける。

『僕のいた世界には、空に輝く月は一つしかないぜ』

 ハルケギニアから眺める空には、大きな青い月と、その左に小さな赤い月が寄り添うように並んでいる。ルイズからしてみれば、“それ以外の夜空”なんて空想したこともなかった。

「信じられない。魔法がない世界なんて、想像もできないわ」
『世界の異物として扱われるのは、地球でも同じだったから気にしないけどね。こっちも、一つ教えてもらってもいいかな?』
「何よ?」
『召喚した使い魔を送還する魔法はあるのかい?』
「そんなのないわよ。大体、別の世界なんて聞いたことがないもの」
『やれやれ、無責任は過負荷(マイナス)の専売特許だぜ。特許料払えよ』

 そんなの知らないわよ。とルイズは思うが、禊の無知についてだけは妙なリアリティがある。
 そうでなくても平民は魔法についての知識が疎いのもあり、召喚魔法については説明してやることにした。

「召喚の魔法、つまり『サモン・サーヴァント』は、ハルケギニアの生き物を呼び出すのよ。普通は動物や幻獣なんだけどね。人間が召喚されるなんて初めて見たわ」
『そいつは困ったね、いや本当に。僕には元の世界でやることがあるんだよ』
「わたしだって好きであんたなんて呼びたくなかったわよ!」

 ルイズがそう怒鳴って返すと、不意に禊の雰囲気が変わった。

『自分の都合だけ押し付けて、こっちは知ったこっちゃないか。ホント、ルイズちゃんは貴族(いいご身分)だねえ』
「う……」

 さっきまでと同じ笑顔で薄っぺらなのに、怒った母に睨まれた時のような圧力を浴びた気分だった。ルイズの背筋に大量の虫が這いずるような悪寒が走る。
 吐き気を催す程に、キモチワルイ。
 だけどそれはものの数秒で、禊はすぐ軽薄な調子に戻った。

『とは言え、戻り方がわからないんじゃ仕方ない。怒江ちゃんや飛沫ちゃん、蛾々丸ちゃん達には申し訳ないけど、しばらくは僕抜きで頑張ってもらおう』

 ――い、今のは何だったの!?
 ドクンドクンと高まる鼓動を抑えつけるように、右手を広げ胸に当てた。

『というか、一番過負荷マイナスな僕がいない方が勝ちやすかったりしてね。ん、どうしたのルイズちゃん? 何か気持ち悪い(もの)でも見ちゃった?』

 禊の挑発に、ルイズは自分が気圧されたことを悟らせように佇まいを直した。そうすることにより、かえって弱気を隠していると読まれてやすくなってしまうのだが、それに気付く冷静さは失っている。

『そういうわけで、これからも仲良くベストパートナーでいようね』
「どういう意味よ?」
『ルイズちゃんが僕を身勝手に召喚したくせして帰せない。そんな良心の呵責に責められないよう、ルイズちゃんの使い魔になってあげるよ』

 明るく朗らかに、そして何より下から見下したような尊大さだった。
 そんなわけのわからない矛盾を成立させてしまうのが、禊という男なようだ。それに対しルイズは、使い魔にならせてくださいでしょ。とは言えなかった。

「……そう」

 消極的な肯定をこぼして、曖昧なままに禊の申し出を受け入れた。まださっきの震えから立ち直れていないため、強気に出られないのだ。
 そんなルイズを気にも留めず、禊は次の質問を投げかける。

『ねえねえ、使い魔って具体的にはどんな恩恵を受けられるの?』
「逆! 普通その質問逆でしょ!?」

 これには思わず、気落ちしたルイズも正面きってツッコミを入れた。
 たとえ禊が本当に別世界から来た住人であるとしても、これまでの会話から使い魔がどう言った存在であるか、大まかにはわかっているはずだ。その上で自分の権利だけを主張してきた。ルイズでなくたって呆れるに決まっている。

「使い魔は主人と一心同体となって仕えるのよ! まず、主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ」
『ルイズちゃんは、どうしても僕から人間の尊厳を奪いたいようだね』
「安心していいわ。何も見えないし、聞こえないもん」

 尊厳を奪うというフレーズで、また禊が妙な気配を撒き散らすかと肩をびくつかせたが、どうやら杞憂だったようだ。何が引き金なのかわからないのも性質が悪い。

「それから、使い魔は主人の望むものを見つけてくるのよ。そう……例えば秘薬とかね」
『秘薬っていうと、惚れ薬とか?』
「それはマジックアイテム、しかもご禁制のよ! 秘薬っていうのは特定の魔法を使用する触媒として使うの。例えば硫黄とかコケ……」
『アイテム探しの依頼はRPGじゃお約束のイベントだね!』

 ルイズはまだ短い会話歴から推測して、禊がRPGとかファンタジーという単語を持ち出す時は、そんなの自分の世界では知らないと告げているのと同義だと学んだ。つまり期待するなということだろう。

「そしてこれは一番大事なんだけど……使い魔は主人を守る存在であるのよ! その能力で主人を敵から守るのが一番の役目! でも、あんたじゃ無理ね……」
『奇遇だね、僕は生まれてこの方誰にも勝ったことがないのが一番の劣等感(じまん)でね』
「最悪じゃない!」

 この使い魔、飄々とした態度しているけど、能力面は並の平民より酷かった。その事実がまたルイズを精神的に追い詰める。

「まぁいい、いえよくないけどわかったわ。予想してたことだし。あんたにやらせてあげるのは掃除と雑用。その代わりこっちは衣食住を保証するんだから」
『謹んで、そのいっちょ前なギブアンドテイク宣言をお受けするよ、ご主人様』
「その承り方のどこに謹みがあるのよ……。もう、今日は疲れたから寝るわ」

 主に精神面で疲弊しまくった一日だった。元々順風満帆な学院生活とは言い難いが、これではさらに先が思いやられる。

『ルイズちゃん、それじゃあ保証された僕の寝床はどこになるのかな?』
「あんたは床よ」

 ルイズは自分の足元を指指して、毛布を投げ渡した。
 禊は案外大人しく毛布を受け取ると、床に寝そべって丸くなる。

『うん、ま、年上の余裕で許してあげるよ。理不尽な待遇には慣れているし、実際僕も疲れてるからね』

 ルイズは、自分に背を向けた禊に脱いだ衣服を放った。
 上半身だけを起こした禊が、レース付きのキャミソールと白いパンティーを確認して固まる。

「それ、明日になったら洗濯しといて」
『仕方ないね! これも使い魔の仕事だからね! じゃあ明日の仕事の忘れないように、今日はこれをしっかりと握り締めながら眠るとするよ! るんるん!』
「やめなさい!」

 るんるんまで口で言って、禊はまた毛布に潜ろうとした。通常、平民の使い魔なんかに下着や裸で恥じらいを覚えたりはしないが、こうまで露骨に変態宣言をされては別だ。
 下着を禊から少し離れた位置に置かせて、ようやくルイズはベッドに体を横たえた。

 指を弾いてランプを消して、夜の闇に抱かれる。
 ルイズの初めて成功した魔法は、彼女のゼロというコンプレックスを回復させるには至らなかった。魔法が上手くいったのに、この結果はどうなんだ。

 人生で一度も勝ったことがないと、あの使い魔は言った。
 それはまるでまともに魔法が唱えられた試しのない自分と同じではないか。

 自分に相応しい使い魔。
 勝利なき使い魔。
 ゼロの――
 二人の部屋で独りになったルイズの頬に、一筋の雫が伝う。

 ゼロという蔑称にも絶対に認めはしないが、慣れていた。それなのに、どういうわけか今日は心が耐え切れない。
 悔しかった。
 どれだけ努力を重ねて、いい成績を残しても、魔法が使えないという一点で自分を認めてくれない周囲が。そんな評価を覆せない弱い自分が。
 これからも自分はそうなのだろうか?
 失敗し、嘲りと侮蔑を込められゼロと呼ばれ続けて、そのままで一生を終える。

 ――勝利のない使い魔を呼んだ私は、つまり、そういうことなの?

 負けない使い魔を喚んだはずが、自分にやってきた使い魔は徹底的な敗北者。
 夜中より暗い、心の闇に希望を喰らわれるような絶望に苛まれながら、ルイズの意識は徐々に眠りへ就いたのだった。

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