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マイナスの使い魔 第二十七敗『人間は人間だよ?』

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 今やトリステイン学院では知らぬ者がいない希代の大盗賊フーケの潜伏場所は、しかしその学院から十分とかからない小さな林の中だった。
 日は陰り夕闇で視界は悪くなっている時間帯ではあるが、それがどれだけ危険な行為であるかの問答など無意味だろう。

 先刻に行われた戦闘の後、彼女は逃げ去るどころか予め用意していた馬に乗り、学院へと引き返していた。
 勿論戻ってくるまでに細心の注意は払ったし、今も常に神経を尖らせている。

 そしてこれだけの危険を冒すだけの価値が、ここにはあった。
 何故なら、フーケの腕には破壊の杖がしっかりと抱かれているのだから。

「すごいな、大成功だよミソギ!」
「あまり騒ぎ立てるんじゃないよ」
『そうだよ。あまりフーケさんを怒らせると、眉間の小皺が増えちゃうじゃないか』
「あんたは人を挑発する天才だね……!」

 はしゃぐギーシュを禊がたしなめたのに、どういうわけかフーケの苛立ちは増している。
 とはいえ、フーケの内心はむしろ嬉々として色めき立っていた。なんせ『作戦通り』に破壊の杖が自分の物になったのだから。

「青銅を土に変えて、ディティールも簡単にしてゴーレムを作ると“青銅より脆くなってしぶとくなる”。僕の成果もミソギの言う通りだったよ!」

 フーケが逃げる前に作り出されたゴーレムの軍勢を作り出したのはギーシュだった。
 ギーシュはフーケ達の乗る馬車をバレないように使い魔と馬で追尾。そしてフーケがルイズ達の目から消えるための時間をゴーレムで稼ぐ。
 最後はフーケを拾ってまた学園まで戻って来るという役目が与えられていたのだ。

『泥は錬金術の応用さ。ゴーレムを作る物質を一般的な材質にしたら、一体ずつの精神消費量は目減りするからね』
「その発想もさることながら、もう一つが目から鱗だったよ。ゴーレムの形をこだわらないと、人型の考え自体が曖昧になって人間と認識できるギリギリまで維持できるなんてさ」

 ギーシュも喜びようも、己の内面と同じくらいだとフーケは感じていた。なんせここで合流してから、ギーシュはずっとこの調子なのだ。
 しかし、その気持ちも少し分かる。

「それはわたしも知らなかったわよ。どこでそんな知識を得たのか聞いてもいいかしら?」

 禊はこの学院に来るまで魔法の知識はほとんど無かったと聞いていたが、禊の出したゴーレム案は学院の授業ですら教わらない知識である。
 ある意味ではゴーレムクリエイトとしては反則スレスレの外道技なのが禊らしい。だがスレスレということは反則ではないのだ。

 小奇麗で杓子定規な使い方より、外道で泥臭い方が実戦的というのはよくある話だと、フーケはこれまでの経験で理解している。

『動かないわけがないじゃないか。知識も何もない。足がもげていようが人間は人間だよ?』
「人間は人間、ね……」

 人間かどうかも怪しい力を使う奴がそれを言うとは。フーケは昨日の夜に味わった畏怖と不快感に身を震わせながら、そう呟いた。

          ●

 ロングビルこと土くれのフーケは、学院の宝物庫から破壊の杖を盗み出すため、潜入調査を行っていた。
 学園への潜入はセクハラさえ耐えれば容易いものだ。オスマンはああ見えて人の能力を見極める目は確かなのがありがたい。

 そして宝物庫の調査はそれ以上に苦のない作業だった。なんせここの教師達ときたら、詰め所での警備や見回りをほとんどサボっているのだから。
 真面目にやっているのはせいぜいコルベールくらいのもので、その日さえ外してしまえばそこら辺の平民にだって可能だろう。

 万が一見つかったとしても、担当の教師が見回りを行っていないようなので自分が代わりにやっていたとでも言い訳すればいい。その言葉に説得力を持たせられるだけの実績と信頼は築いてきた。
 宝物庫の外壁は以前軽く調べたが、かなり強固に作られている。フーケはトライアングルのメイジであり、それなりの腕利きであるという自負はあるものの、あの固定化を錬金や物理攻撃で破壊しきれる自信はあまりない。

 他に方法が見つからなければ力での突破することは致し方ないものの、それはあくまで最終手段だ。
 そのために今日は改めて塔の内部から宝物庫へ侵入する突破口を探りに来ていた。とはいえ、

「やはり内側もしっかり固定化されているわね」

 壁を直に触り固定化の状況を確認していく。固定化の弱っている所があれば御の字だったが、そんな都合のいい話はない。
 もうゴーレムの力で無理矢理に破壊するしかないか、と妥協しかけた時だった。

「これは、そんな……!」

 入り口の鍵が開いている。
 教師の誰かが鍵を開けてそのまま忘れた? それはない。宝物庫のマジックアイテムを必要とするような授業はどの学年でもここ最近はなかった。と内心で自問自答する。

 誰かが個人で使用する場合には、学院長の秘書ロングビルとして自分が許可証を発行し、オスマンの認可を得なければならない。無論、そんな手続きも受け付けた覚えはなかった。
 だとしたら、結論は一つしかない。

「私以外の誰かが盗みに入ったってことだね」

 それも、フーケができなかった扉と外壁のセキュリティを破った上でだ。

「まさか」

 これだけのことをしでかせるメイジは、フーケの知る限りでもかなり限定されるし、こんな所で偶然出くわすなんて考えられない。
 だがメイジでない者ならば身近に該当する人物が一人だけいた。

 球磨川禊――彼の名はもう忘れられない。
 数日前にメイジとの決闘で大暴れした平民の少年である。

 彼の使用する大嘘憑き(オールフィクション)という特殊な魔法ならば、鍵を解除して中に入ることもできてしまうだろう。
 それに貴族を相手にあれだけ堂々と暴れて見せた男だ。宝物庫への窃盗をやらかしたとしても不思議はない。この予想はフーケの中でほぼ確信の域に達した。

 だとしたらどうするべきか?
 フーケにとって重要なのはそこだ。
 扉は閉まっていて、今も中に禊がいるかどうかはわからない。既に宝を盗んだ後ならそこまでだが、問題は禊がいた場合だ。

 相手は全てを無かったことにする冗談みたいな魔法を有する、相当に危険な相手である。
 トライアングルのメイジであるフーケでも、真っ向から挑めば返り討ちに合うのは必定だ。

 ここでフーケは自分に選べる行動を考える。

 一つ、鍵がかかっていなかったことを、見て見ぬ振りして今すぐ立ち去る。
 二つ、この事実をすぐさまオスマンに伝えて、指示を仰ぐ。
 三つ、一人で宝物庫に侵入し、禊を倒して破壊の杖を盗み逃げる。

 一つ目はフーケにメリットがないため論外だ。禊がおらず破壊の杖は盗まれていない可能性もある以上、これはあまりに消極的な選択である。
 二つ目は上手くいけば禊を捕まえられこの学院から退去させられるかもしれない。フーケにとっても禊のような不安定要素はいない方が仕事を進めやすいに決まっている。

 しかしながら、これは時間がかかりすぎるため先に禊が逃げてしまう可能性は非常に高いだろう。それに侵入者が出てしまうと宝物庫自体のセキュリティは頑強になってしまう。

 三つ目は、かなり大きなリスクが伴うものの、その分メリットも大きい。禊という障害さえ取り除いてしまえば、後は破壊の杖を手に入れ悠々と逃亡できる。

「………………」

 フーケは一分に満たない逡巡にて、答えを出した。
 扉に手をかけて、詠唱を小さく呟きながら、一気に開ける。

『おや、これは奇遇ですね、ロングビル先せ』

 いた。
 と認識した瞬間には、もうスペルは唱え終えていて、石礫が禊の左胸を貫いていた。
 瞬殺。これがフーケの選んだ戦略だった。

「悪く思わないでね。こっちも必死だったのよ」

 まともに戦えない相手なら、まともに戦わなければいいだけの話だ。
 禊だってこんな深夜に忍び込んでいる以上は、誰かに知られる前に事を運びたかったに違いない。

 ならばいきなり扉が開けばこちらに意識を集中させることができるし、驚きと緊張から一瞬動きが止まる。
 フーケはそこに賭けた。

 扉を開けた時にフーケが禊を視認できる位置に立っていることが条件だったが、そこは運が味方してくれたようだ。
 いくら禊でも大嘘憑き(オールフィクション)を発動する間さえ与えず殺してしまえば……。

「これは、もう一つラッキーだったようね」

 禊が腕に持っていた物は、フーケがこの学院を狙った理由そのものである「破壊の杖」のネームタグが付けいた包みだった。
 フーケは禊から破壊の杖を奪い取って部屋にいつもの犯行声明を残し、すぐに部屋から出ようとする。欲をかいて他の宝も狙い墓穴を掘るなんてことはしない。
 フーケが踵を返すと、そこには大型の火トカゲが出口を塞ぐように四つ這いで立っていた。

「こんな所にサラマンダーですって?」

 恐らくは入室したフーケからは死角の場所いたのだろう。それよりも、火山にしか生息しないレアな生物が学院にいる理由など誰かの使い魔しかない。
 だとしたら禊には窃盗の仲間がいる。そいつがフーケを報告すれば終わりだ。

『その子は僕の大切な、そんじょそこらの畜生ですよ』

 その声はフーケの背後からだった。背中につららを突っ込まれたような悪寒と共にフーケは振り返る。

「なっ!? そんな、嘘でしょ?」
『嘘だなんて酷いなあ、トカゲだって一生懸命生きてるんだから、差別するなよ』

 胸の辺りを真っ赤に染めて、球磨川禊が笑顔でそこに立っていた。

「そんなことはどうでもいいのよ! どうして生きてるの?」

『やだなあロングビル先生。僕らが負け難きを負ける過負荷(マイナス)だって、死ななければ生きていかざるを得ませんよ?』
「死ななければですって……」

 ふざけるな。ついさっき、禊は死んだはずだ。自分が心臓を潰して殺したのだ。

「生きてるわけがないでしょ! 今ここで私が胸を貫いたのよ!」
『貫いたって、こんな風にですか?』

 禊が、手に持った螺子で自分の頭を貫いた。
 まるで友達との日常会話みたいな軽い雰囲気で巨大な螺子が頭部を横から貫通させて、血飛沫きが上がる。
 それでも、いつもと変わらないたたずまいで、禊はそこに生きている。

「うぅ…………!」

 フーケは、左手で口元を押さえて絶句した。
 目の前で自分の頭をめちゃくちゃにする人間を見て平然としていられる程、フーケの精神は人間離れしていない。

 気の弱い者ならその場で気絶するか、一生もののトラウマになっているだろう。
 しかし彼女は数々の修羅場を乗り越えてきたフーケ。混乱のさなかであっても、あり得ない現実をあり得るものにするために仮説を立てる。

「心臓や頭に攻撃が当たると同時に……」
『当たったという現実を無かったことにすれば、死ぬ理由がなくなる。流石はロングビル先生、自分で苦労を増やしてしまいそうな、聡明な頭脳をお持ちですね。それとも、土くれのフーケと呼ぶべきかな』

 だったら実際に貫通した心臓や頭脳はどうなっているんだ。そもそもどういう系統の技術ならそんなことが可能になる?
 考えれば考えるだけ自分の魔法が馬鹿らしく思えてくる力だ。

 ここで気絶してしまっていた方が、あるいは楽だったのかもしれない。
 そんな思考を片隅に追いやりフーケは杖を禊へと向けて、その腕は上を向いており、踏み出した足は宙に浮いて彼女の身体は壁に磔にされている。

「え?」

 今度こそ完全に思考が追いつかなかった。
 禊と対峙していたフーケが、瞬き一つする間もなく壁と密着しており、服の上から螺子が食い込まみまるで身動きできなくなっているのだ。

 スクエアの固定化も初めからなかったかの如く、螺子が壁をえぐっていた。
 突き刺さるまでのプロセスが何も無いままフーケはこうなっている。

 ――もし、こんなことが起きるとしたら……。

 この男は、時間すらなかったことにできるのか?
 こいつは、神の化身なのか?

 フーケはもう本当に思考を止めてしまいたかった。しかし、そうしたら禊に殺される。
 それを受け入れるわけにはいかない。フーケには帰らなければならない場所と、守るべき人がいるのだから。

 もはや、フーケにとってその存在だけが、この現実と自分を繋ぎ止めていると言っていいだろう。
 極限の混乱状態で、フーケが活路を模索していると、禊が笑顔で言った。

『安心してよ。僕はフーケさんを螺子伏せようなんて考えてないから。そんなんじゃ、魔法で平民を従わせる貴族と同じになってしまうじゃないか!』

 人を磔しておいて、こいつはまた戯れ言を。だが、禊が倒そうと思っていたならばフーケは今頃服ではなく、身体を螺子で刺されていただろう。さながら標本にされた蝶のように。

「何のつもり?」
『僕は土くれのフーケの大ファンだからさ。貴女が学院の宝を狙っているという噂がなければ、宝物庫を調べるという発想すら出ていなかったよ』
「その結果、私がこうなっているんじゃ、たまったものじゃないわね」
『土が大好きな余りに壁と同化しちゃったフーケさん。僕と取引をしよう』

 ぬけぬけとよくそんなことが言える。フーケの生死与奪を握っているのだから、それは交渉ではなく脅迫だ。

「その取引、私にはどのようなメリットがあるのかしら」
『フーケさんが狙っていたこれを安全に盗み出して、使用方法と共に君へプレゼントしてあげるというのはどうだい?』
「プレゼント……貴方も破壊の杖を狙っていたんじゃなくて?」
『やだなぁ、僕はどう見たって慣れない学院で知らない場所に迷い込み、不幸にも名うての盗賊に命を狙われた平民Aじゃないか』

 平民Aがトライアングルのメイジを軽く手玉に取れてたまるか。そんな憤りを押さえ込み、死地からの活路を見出す。

「そう。なら詳しいお話を聞かせてもらえるかしら? 私の足が床についてからね」

 言い終えるとほぼ同時に、フーケは着地する。服には螺子を刺された痕さえも残ってはいない。壁の穴も同様だ。それ以前にあの大きな螺子が全て消えていたのだけど。

「ホント、質の悪い冗談みたいな魔法ね」
『僕の過負荷(マイナス)を、魔法(プラス)なんかと一緒にしないでちょうだい』
「私からすれば、その力は失われた虚無と同レベルの理不尽さよ」

 禊の使う力はもはや伝説の系統である虚無、そしてにも匹敵するだろうと予測していた。
 いや、かの伝説だって死んだからこそ伝説となって語り継がれているが、禊は生きている。大嘘憑き(オールフィクション)の使い方次第では、不老不死になることだって夢ではないだろう。

 今やフーケには、エルフの使う先住魔法すら児戯同然と思えてしまう。あれらがどれだけ強力なものか、自分は知っているはずなのに。

「それじゃあ、話を聞こうかしら?」

 禊を殺せなかった時点で、フーケはもうしてやられている。聞く聞かないの選択肢なんて、あってないようなものだ。
 それに禊は破壊の杖の使い方を教えると言った。
 つまり、これはこのままでは扱えないということになる。まともに使えない道具を売り飛ばすことなどできはしない。

 そしてもう一つ。禊は自分を殺そうとした相手に、どのような交換条件を出すつもりなのか。フーケは純粋に強い興味を抱いていたのも、また事実だった。

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