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マイナスの使い魔 第三敗『少年漫画の主人公だったら』

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 ルイズの衣服、特にショーツをがっちりと掴んで学院内を自由に彷徨(さまよ)い歩く禊は、自分がここに召喚される直前の出来事を思い返していた。

 それは七月二十八日、箱庭学園で行われた行事である生徒会戦挙庶務戦で起きた。
 夏休みに入った学園のグラウンドには十メートルにきっちりと図られた立方形の大穴が開けられ、その上には金網を乗せている。ただし金網はポールにはめ込んだだけで固定されていない。そして地の底は、あろうことか猛毒で知られるハブで埋め尽くされていた。

 その上で学生二人が決闘をしている。
 禊の対戦相手である、跳ねっけの強いオレンジがかった茶髪をした少年、人吉善吉は、禊の策略により視力を失わされて心を折られかけた。
 そうして禊は善吉を自分と同じ過負荷(マイナス)へ堕とそうとしたのだ。

 しかし、善吉はここで思いも寄らない抵抗を示す。残る力と精神を振り絞った震脚によって、金網を地の底に到達させたのだ。
 これによって毒蛇の群れは二人を襲う。善吉は自分の命を引き換えにし、禊を死の間際にまで追い込んだ。
 今の禊にとって死は人生の終点に成り得ないのだが、善吉の命をかけた反撃によって彼が焦らされたのは事実であり、禊は地の底で苦言を零した。

『僕が少年漫画の主人公だったら、ここでまさかの逆転劇が起きるのに……』

 むしろそれを起こしたのは善吉であり、逆転された悪役こそが禊だった。
 ハブの毒が全身に回っていく激痛で、禊は崩れ落ちる。
 痛みに耐え切れず仰向けに倒れていく禊は、その落下地点で待ち受けているハブを予想して首だけを後ろへ向けた。けれどもそこには蛇なんて一匹もいない。
 その代わりに、彼のまるで予想だにしない物が待ち構えていた。

『え? これは、鏡? どうしてこんな物が――』

 善吉との激闘や蛇に絡まれることによって、禊は泥に塗れ傷だらけになりながら、鏡に吸い込まれるように、地球から喪失した。

『そして僕はルイズちゃんに召喚され、意識を失ってた間に隷属契約を結ばされ現在に至る。ってわけだね』

 他人からの迫害には慣れている禊だが、ここまで人権をダストシュートに投げ捨てた仕打ちを受けたのは久しぶりである。
 しかも、契約の結び方がキスだと知らないままそのシーンが終わってしまったのも、過負荷マイナスたる禊が故だったのだろう。

 禊が目覚めた時、身体の傷やハブの毒は消え去っていた。それはただ単に、禊の保有するスキルが自動発動しただけの可能性が最も高い。
 禊は死ぬと必ず夢で安心院あじむなじみという少女と邂逅するのだが、けれど今回に限ってそれがなかった。

 だとしたら、もしかしたら禊はあの時死なずに済んでいて、召喚魔法の効果によって命を助けられたのかもと考えられなくもない。
 どちらにせよ、自らが保有するスキルによって死が大した意味を持てなくなっている禊は、それを恩義として感じることはなかった。

 そのために昨日は部屋で待機していろという命令も無視して、ここはどこなのか、そもそも何らかの異常(アブノーマル)によって幻覚に囚われているのかもしれない。などの疑問を解消するため、時間をかけて学院内を探索していたのだ。
 今だって禊が使い魔となって大人しくルイズの命令に従っているのは、異世界の情報を仕入れるためと、合法的に美少女の下着を触れるためである。意外と、健康的な男子としての道は踏み外していない禊だった。

 ともあれ、禊の目的はあくまで帰る方法を見つけることだ。それも早急に。
 もし禊がここに召喚された時期が、箱庭学園以外の学校を廃校にして回っていた頃なら、さほど焦りもしなかっただろう。どちらかというと、少年の夢である異世界旅行にはしゃいで、いつも通りに未知のスキルを求めてトリステイン魔法学院を廃校させていたかもしれない。
 常人なら気が触れたかと思う事態であっても、禊はその状況に適応しようとしていた。過負荷マイナス普通(ノーマル)では、理不尽への耐性が違うのだ。

『次の戦挙までには、ひのきの棒とおなべのフタを装備して、箱庭学園に帰らないと』

 しかし、今の禊には共に戦う過負荷(なかま)達がいる。守るべき過負荷(じゃくしゃ)がいる。共に堕落したい過負荷(とも)を見捨てる選択肢など、ぬるい友情を掲げる彼には有り得ない。

 昨日の夜、禊が危うくルイズをご臨終様展開に持って行きかけたのは、自分が呼ばれたことによる仲間達への心配を踏みにじるような発言が元だった。
 ただ、不幸(マイナス) 中の幸い(プラス)として、禊の帰還についてルイズは反対の意を示さなかったため、その点については協力も仰げるだろう。

『それにしても、洗い場、洗濯板、石鹸、わからないなら誰に聞けばいいけど、何一つとして説明せずにベッドでしくしく泣かれるとは予想外だったよ』

 ベッドで嗚咽を漏らすルイズを見てみぬふりをする優しさが、まだ禊にも残っていた。わけがなく、貴族(エリート)平民(ハズレ)を引き当てた絶望感をよく噛み締める時間をプレゼントしただけである。ルイズがひとしきり泣いた後で声をかけ、余計羞恥に塗れされようとも思ったのだが、禊が先に寝てしまった。

 そもそも禊が出歩いているのは洗濯のためではない。衣服の汚れなんて禊のスキルでどうとでもできる。
 ただそれっぽい姿を見せず清潔になった下着だけを渡したなら、どうやったのか問い詰められるだろうから、時間潰しに朝の散歩をしているだけだった。
 自分のスキルを教えるのに抵抗があるわけではないのだけど、そういうショータイムはタイミングを大事にする。それが劇場型で人の注目を好む禊の流儀である。

「あのー」
『うん?』

 せっかくだし、切り上げた散策の続きでもしようかと思っていた禊は、何気なく背後から声をかけられ振り向く。
 そこには、短めの黒髪をしたメイド少女が洗濯物を籠に入れて立っていた。素朴な可愛さで、貴族よりも生活感のある少女だ。

『話しかけると、“ここはトリステイン魔法学院です”と言う役が似合いそうな子だな』

 どうやら禊は、ハルケギニアにいる間はとことんRPGネタを使い倒すつもりのようだった。少年漫画をこよなく愛する禊は、ゲームも人並み以上には精通している。

「はい?」

 何が何やらわからないままに、メイド少女は小首を傾げる。どうやら早々に解釈を諦めたルイズと違って、どうにか意味を理解しようとしているようだ。

『こっちの話だから気にしないでいいよ。それで、僕なんかに何の用かな?』
「あ、はい。あなたは、ミス・ヴァリエールの使い魔になったという、噂の方ですか?」
『そうだよ。僕が噂の真相、球磨川禊でーす!』
「私はシエスタって言います。それで、もしかしてお洗濯に行かれる途中ですか?」

 禊があざとくも人の良さそうな笑みで少女に応えると、少女も笑顔で自己紹介を返した。こちらはわざとらしさのない自然な笑みだ。

『正解正解、拍手ー。よくわかったね』
「貴族様の下着を持っているようだったので、もしかしてお洗濯できる場所を探してるのかなって」
『うん、実はそうなんだよ。僕のご主人様は、使い魔使いが荒くってねー』

 いくつか、事実との相違があるが禊は黙っておいた。説明するのが面倒だし、ここも手品の種明かしをするタイミングであるはずはない。

「それなら、私もこれからお洗濯をするつもりだったので、一緒にご案内しますよ」
『ありがとう。そうしてくれると助かるよ』

 珍しくも普通の接し方で、禊はシエスタの後ろを付いていく。
 禊のひねくれた話術も、気立てのいいシエスタはにこやかさを崩さない。尤も、これは禊の主義(・ ・)も少なからず関わっているのだが、結果としてシエスタは貴重な情報源となっていた。

「召喚の魔法で平民を呼ばれたと聞いた時は驚きましたわ」
『たった一日で学院中に話が広がってるんだ。閉鎖空間だけあって、情報の伝達は早いようだね』

 その事実が意味するのは、平民側のルートでもそれなりの情報収集は期待できるということである。
 しかし、実益を兼ねた和む世間話も長くは続かなかった。会話に気を取られていたシエスタが、角を曲がってきた者とぶつかったのだ。

「あっ!」
「きゃあ」

 これは禊がタイミング悪く話しかけて起こったミスであり、両手で抱える程の洗濯物を持っていたためシエスタの動きが鈍っていたのも運がなかった。
 相手の少女も不意打ちだったらしく後ろによろめいたが、寄り添っていたもう一人の少年がそれを支える。

 男女の二人組はそれぞれマントを羽織っており、少年が黒で、少女が茶色だ。どちらも高貴な身なりであり、一目見ただけで貴族であるとわかる。
 シエスタも倒れることはなかったが、手に持っていた籠を手放してしまった。
 中身の洗濯物ごとひっくり返ったため衣服達はぶつかった少女に振りかかり、被害者の貴族は憤慨を隠そうともせずシエスタに食ってかかる。

「もう、何なの!」
「ひっ申し訳ありません!」

 それを見たシエスタは顔を青白くさせ、深々とお辞儀しながら謝罪した。その様子は完全に萎縮しており、狼狽し震え上がっている。

「大丈夫かい、ケティー? やれやれ、君のせいで美しい薔薇が汚れてしまったじゃないか。どうしてくれるのかな?」

 少年はケティーと呼んだ少女から洗濯物を剥がす。それからキザったらしく自らの金髪をかき上げて、手に持った薔薇を嗅ぐようなポーズを取る。
 それを見たシエスタは涙目になって、より激しく頭を下げる。

「申し訳ありません! お許しを! 申し訳ありませんでした!」

 シエスタからさっきまでの明朗さはすっかり消え去っており、何度も何度も、ひたすらに謝り続けた。まるでそうするための人形になったようだ。非はシエスタにあるとはいえ、その姿からは惨めさが漂っている。

「せっかくギーシュ様と二人で朝のお散歩をしていたのに、台無しになってしまったわ。これだから平民は……」
「どうにも不躾なメイドだね。やれやれ、洗濯も満足にできないのかい?」

 何を言われても、シエスタは申し訳ありませんを繰り返す。ワンパターンと言うよりは、あまりの畏怖からパニックを起こして、それしかできなくなっているのだろう。
 やがて「もういいわ。こんなひたすら謝るだけしか能のないメイドなんて放っておきましょ」と、貴族の二人が呆れて去っていくまで、シエスタの頭は上がることはなかった。

 なんとかその場を取り繕ったシエスタは、二人が見えなくなると糸が切れたように、その場に座り込んだ。余程恐かったらしい。
 その顔には涙と罰を与えられなかった安心感がありありと見て取れた。
 また、シエスタの隣に立っていた禊は一連のやりとりをじっと眺めていただけで、去りゆく二人をただ見送った。
 ただし、その濁りなき瞳に、貴族と平民にある明確な格差をしっかり網膜に焼き付けて。

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