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マイナスの使い魔 第五敗『忠実な使い魔だからね』

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 ルイズはお祈りが終わってもしばらくはじっとテーブルに座っていた。周りが食事のないルイズの皿を見て怪訝そうにしているが、全部無視だ。
 やがて大きな溜息を一つ吐いて、ルイズは食堂を出た。すると、ルイズを待っていたのだろう禊が寄ってくる。

『食事美味しかったよ。ありがとう、ご主人様』
「どどど、どういたしまして。あ、あんたこそ、自分から外で食事するなんて、立場がわかってきたじゃない」
『そりゃあそうさ。なんたって僕はご主人様の忠実な使い魔だからね』

 なんて白々しい虚勢だろうと、ルイズは自嘲した。
 一見すると忠誠を誓う従者とその主人の会話だが、その本質はまるで逆。主人が無理に澄ました顔で虚勢を張り、内情を知る使い魔が心の底でニヤニヤ笑ってそれに付き合っている。
 最低な話だった。才能ゼロで平民の使い魔を召喚して、その使い魔をコントロールする能力すらゼロなのだから。

『それにしても、ルイズちゃんは食べるのが早いんだね』
「それはあんたがっ!」
『おやおやー? 急にしかめ面になって、早食いし過ぎてお腹痛くなっちゃったかな?』
「……そ、そうかもしれないわね。けど大したことないから大丈夫よ」

 堪えろ。これは禊の策略であり、こっちが言い返せば言い返すだけ禊は調子に乗るのだ。
 ただでさえ短気なルイズにとって、禊とのやり取りは生徒達からの嘲笑を上回る、多大なストレスとなっていた。

「教室に行くわ!」
『はーい、ご主人様』

          ●

 魔法学院の教室は三方向に広がるように机が設置され、その集約地点に教師用の教壇と黒板がある。
 その机に座るのは一人で、教室はまだがらんどうだった。

 いつもより早く教室にやってきたルイズは、空腹を堪えつつ黙々と予習をしている。
 禊は興味の赴くままに教室をウロウロしているようだ。ルイズからすれば変にちょっかいをかけられるより気が楽なので、好きにさせて放置している。

 やがて他の生徒達もやってきて、禊の関心は生徒の使い魔に移っていった。しげしげと使い魔達を観察する禊を、ある者は疎んじて、またある者は見下げて笑う。そのどちらにも、禊は同じ笑みで応えた。

『本当に多種多様な種族の使い魔がいるね。二足歩行する哺乳類(にんげん)は僕だけだけど』

 一通り生徒が揃って教室のざわめきが大きくなってくると、禊がルイズの隣にやってきた。ルイズは使い魔が座る椅子はないと、口を開きかけたが、禊が座ったのは椅子ではなくて床だ。先読みされている。

「昨日言ったでしょ、人間なんて召喚された記録はないの」
『僕を除いて……ね。ルイズちゃんはスゴイじゃない。君は前例にないことをやったんだぜ?』

 それが平民召喚なんて、ある意味大失敗に等しい前例でなければね。ルイズは自虐と八つ当たりを喉元で抑えた。
 堪えろ。堪えろ。堪えろ。三回唱えて前を向く。
 油断するとすぐにペースを持っていかれてしまう。いがみ合いにすらならないのでキュルケとも違う。こんなタイプを相手にするのは初めてだった。

『バックベアード様もいたね。僕はロリコンじゃないから、怒られずにすんでよかったよ。瞳先生は例外だしね……。ホントに例外なんだよ?』

 また意味不明な発言をしているが、それも無視しておく。
 そうこうしていると教室の戸が開き、中年の女性が入ってきた教壇に立った。ふくよかな体型で、ゆったりめな紫のローブと、帽子を被っている。

『あのいかにもって人が先生かな』
「当たり前じゃない」

 このタイミングで教室に入り教壇までやって来て、まるで部外者なわけがないだろう。

「皆さん。春の使い魔召喚は無事に成功したようですね。喜ばしいことですわ」

 女教師は授業よりも先にまず笑顔で教室内を見回した。体つきに相応しい落ち着いた柔和な笑顔だ。

「わたしはこうやって春の新学期に、この教壇からあなた達が召喚した使い魔を見るのをとても楽しみにしているのですよ」

 何気ない言葉の連なりだが、ルイズにとっては今最も触れて欲しくない話題の最上位であり、思わず俯いてしまった。
 そこに、悪意のない追撃がやってくる。

「おやおや。変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」

 それが引き金となって、教室が笑いで溢れかえった。不快な声が束になってルイズを叩く。

「ゼロのルイズ! いくら召喚できないからって、その辺の平民を連れてくるなよ」

 その嫌味を受けて、ルイズがたまらず立ち上がる。召喚したのも認めたくないが、召喚失敗と言われるのはもっと許せなかった。

「違うわ! きちんと召喚したもの! この傍若無人な平民が来ちゃっただけよ!」
「嘘吐け! いつもみたいに、『サモン・サーヴァント』だって失敗したんだろ?」

 ――あんたはこんな貴族を貴族として扱わない特異な平民がその辺にいると思うの?

 こんなのは言うだけ無駄だ。だって、誰もこいつがどれだけ変な平民なのか、まるでわかっていないから。

「ミセス・シュヴルーズ! かぜっぴきのマリコルヌがわたしを侮辱したわ!」

 机を叩いた拳は、ただゼロと侮辱されたからじゃない。怒り心頭のルイズだが、それをどこか一歩引いた位置から、冷めた目で見ている自分がいるのを感じていた。

『なるほど、そのガラガラ声は風邪を引いてたからだね。いやあ、そんな体調でも授業を受けるなんて、こんなに勉強熱心な子を虐めちゃいけないよルイズちゃん』

 思わぬ横槍に、教室には新たな笑いが湧いた。
 ルイズは心中で、ほら見なさいと呟く。こんなタイミングで、貴族相手に皮肉を言える平民が普通にいるわけないじゃない。

「僕はかぜっぴきじゃないぞ! 風上のマリコルヌだ!」

 ブーメランのように返ってきた自分への嘲笑に耐えられず、マリコルヌも席から立ち上がった。
 そこでシュヴルーズは手にしている杖を小さく一振りすると、ルイズとマリコルヌは足の力が抜けたように、席へと落ちる。

「お友達をゼロだのかぜっぴきだの呼んではいけません。わかりましたか?」

 そう正論を掲げて二人を諭すシュヴルーズに加担するように言葉を発した者がいた。またもルイズが召喚した使い魔である。

『そうだよ、騒動の原因を作ったのが先生なのに、その事に全然気付かないで善人面してるからってさ。皆して空気を読んでルイズちゃんをからかうのはよくないよね!』

 教室が別の理由で静寂に包まれた。ルイズが「教師にまで何を言ってるのよ」と小声で禊を睨みつけるが、禊は涼しい顔で受け流す。
 嫌に張り詰めた空気を、シュヴルーズはこほんと一つ咳き込むことで破った。

「確かにわたしの配慮不足でもありましたわ。ごめんなさいね、ミス・ヴァリエール」
「いえ……」

 平民の指摘でも自分の失態を素直に受け止めるシュヴルーズをルイズは内心で評価しつつ、それを配慮不足とするのは、ルイズの無能を暗に認めているのではないかとも思う。
 いくら悪意がなくたって、心の奥底には変わった使い魔と言うだけの何かがあるのだ。その何かが時間経て膨れ上がり現状(いま)を作っているのも、ルイズは体感でわかっていた。

「それでは皆さん、授業を始めていきましょう」

 シュヴルーズが杖を振ると、石ころが数個机に現れた。続けてシュヴルーズが自己紹介を行う。

「私の二つ名は“赤土”。赤土のシュヴルーズです。これからの一年、“土”系統の魔法を皆さんに講義していきます。まずはおさらいですが、魔法の四大系統はご存知ですね? ミスタ・マリコルヌ」

 「は、はい」と自分が当てられたことに僅かな緊張を見せながら、マリコルヌがその四つの系統を挙げていく。『火』・『水』・『土』・『風』だ。
 これに今は失われ伝説として扱われている『虚無』が加わり、全部で五つの系統がある。
 その中でも土は最も重要な要素であるとシュヴルーズは語る。やたらと、自分の系統だから贔屓しているのではないと付け足しながら。

「『土』系統の魔法はただ土を操るだけではなく、万物の創世さえも操れる重要な系統の魔法なのです。この魔法がなければ、鉄や銅などの重要な金属を生み出すこともできませんし、同時にそれらを加工することだって不可能です」

 要は建築や農産物など、人との生活に結び付きが強い属性が『土』なのだ。

「今から皆さんには、土系統の初歩である『錬金』の魔法を覚えてもらいます。奥は深いですが決して難しい魔法ではないので、一年生の時にできるようになった人は多いでしょう。けれども何事においても基本は大事。まずはおさらい致します」

 シュヴルーズが杖を軽く掲げて短くルーンを唱えると、それに反応した石ころが光りだす。そして光が収まると、小石は全て光る金属に変わっていた。

「ゴゴ、ゴールドですか? ミス・シュヴルーズ!」
「違います。これはただの真鍮です」

 キュルケが身を乗り出すようにシュヴルーズに質問すると、シュヴルーズがそれを否定した。なんだ、と落胆したキュルケが席に座り直す。

 ――どれだけわかりやすいのよ。

 ゴールドの錬金はメイジの中でも最高位である『スクエア』しか錬金できないし、多くの精神力を消費するため簡単には作れない。それに、わざわざここで錬金するような金属でもないだろう。シュヴルーズも同じような説明をした。

「私はただの……『トライアングル』ですから」

 途中の溜めた部分では、勿体ぶったように咳払いを一つして自分のランクを語った。咳払いが癖なのだろうか。
 メイジは『土』と『火』や、『土』が二つというように、系統をかけ合わせて魔法を使える。また、その足せる系統の数がメイジとしてのレベルを示す。一つなら『ドット』、二つなら『ライン』と言った感じだ。
 中でもトライアングルはそれだけで魔法の優秀さを表しているランクである。

 ルイズは魔法こそ使えないが、その分座学の成績は非常に優秀だ。こんな復習なんて、ルイズなら教科書も見ずに全部事細かに説明できる。
 そんな余裕もあり、ルイズは授業を聞くのもそこそこに、自らが召喚してしまった使い魔について思い耽っていた。

 普通でない経歴に、普通でない平民。普通でない出来事。
 球磨川禊。自称他の世界から来た少年。
 ふと、床に座る使い魔へ視線を送る。
 禊は階段に座り込んで、食い入るように授業を見ている。

 異世界……。別世界なんて、そんな荒唐無稽な話が本当にあるのだろうか。
 今だってそんな馬鹿なと思ってはいるけど、禊を召喚してからたった二日で、ルイズは禊にすっかり振り回されていた。

 鍵が解除される。
 食事がなくなる。
 禊は幾つマジックアイテムを隠し持っているのだろう?
 そもそもアンロックと同等の効果ならまだしも、あれだけあった食事がこうまで綺麗に、それも一瞬で消え去るマジックアイテムなんて、成績優秀なルイズの知識にだってない。

 そして何より、ルイズが呑まれているのは、禊の独特な雰囲気だ。
 このハルケギニアで育ったとは思えない思考と言葉が、本来なら笑い捨てるような可能性をもしかして(・ ・ ・ ・ ・)というレベルにまで引き上げさせている。
 薄っぺらなのに、心に残る。
 空々しいのに、思いを揺るがす。
 この使い魔は、嘘が意味を持って形を為したような人間だった。その嘘がちょっとずつルイズにも侵入してくるような……。

「ミス・ヴァリエール、ちゃんと授業を聞いていましたか?」
「あ、は、はい! なんでしょう」

 迂闊だった。いきなり意識を授業に引き戻されたルイズは流れについていけないし、この非はどうしようもなくルイズにある。

「授業中に余所見をする余裕があるなら、あなたに錬金をやってもらいましょう」
「私が、ですか?」

 自分に錬金の実践が振られたということは、今はまだ錬金解説の続きなのだろう。

「先生、それはやめておきませんか……?」
「どうしてですか、ミス・ツェルプストー」
「危険だからですわ。ルイズを教えるのは初めてですよね?」

 キュルケがまるで早まるなと言いたげにミス・シュヴルーズを止めようとする。それが却ってルイズの負けず嫌いに火を付けた。

「やります。やらせてください!」
「そうですミス・ヴァリエール、確かにあなたを受け持つのは初めてですが、とても勉強熱心な努力家というのは他の先生方から聞いています。失敗を恐れずやってごらんなさい」
「ルイズ……早まらないで」

 周囲の反対を押し切り、ルイズが教壇に立つ。
 キュルケは血の気引いているようで、他の生徒達も皆机の下に隠れていく。奥の方に座っていた青い髪のタバサという少女だけは、さっさと教室を出て行ってしまった。禊は……そのままの体勢といつもの笑顔で教壇のルイズを見ている。

 そんな禊の姿が、失敗したらどうしようとルイズに僅かな不安を想起させた。
 ここで魔法をしくじり爆発させたら、禊に自分が魔法の使えぬゼロだという事実がバレてしまう。
 そうしたら、あの使い魔はルイズをどういう目で見るのだろう。貴族として見下した目線が、虫でも見下げるようなものに変化するイメージが、ルイズに渦巻く。

 だけど、このままならどうせそう遠からずバレるのは変わらない。それなら必死に『コントラスト・サーヴァント』に挑んだように、 ここで一か八かの勝負に出たって……。

 ――そうよ。是非はともかく、わたしは使い魔の召喚に成功している。つまりもうゼロなんかじゃない!

 『サモン・サーヴァント』とその後の『コンストラクト・サーヴァント』には成功しているという実績。そこから湧いてくる自信が、無謀にもルイズの背を押してしまった。

「さあ、集中して『錬金』のルーンを唱えるのです」
「はい」

 ミス・シュヴルーズのアドバイスに従い、ルイズは目を閉じて『錬金』の詠唱を始めた。

 ――そうだやれる。私はやれる、もう誰にもゼロとは言わせない。

 自信と裏返しの不安を籠めて、杖を振り下ろす。

 爆発した。現実とは非常である。
 爆心地のルイズとシュヴルーズは吹っ飛んで黒板に叩きつけられた。

 しかし被害の規模はそんな程度では収まらない。爆風と悲鳴が織り交ぜられ、使い魔達が混乱と恐怖で暴れ始める。
 睡眠を妨害されたキュルケのサラマンダーは不機嫌を示すように炎を吐いて、マンティコアがガラスを破って飛んでいく。風通しの良くなった窓から大きな蛇が入ってきて、近くにいた烏を一飲みにしてしまう。
 たった一つの失敗で、教室は収集のつかない混沌とした空間となった。

「だから言ったのよ! ルイズに魔法を使わせるなって!」
「ほら、やっぱりいつも通りにこうなったじゃないか!」
「僕のラッキーが……ラッキーが蛇に食われたー!」

 シュヴルーズは泡を吹いて痙攣したまま動かない。どうやらラッキーに次ぐ被害を受けたのはシュヴルーズだったようだ。
 ルイズがゆっくりと立ち上がる。煤まみれで、ブラウスとスカートも破れており、肩やパンツが覗けていた。とても貴族には見えない、なんともみすぼらしい格好である。
 ハンカチで煤を拭いながらルイズが言う。

「ちょっと失敗したみたいね」
「これのどこが“ちょっと”だよ! ゼロのルイズ!」
「なんでやった! いつだって成功の確率ゼロなのに!」

 いつもと変わらぬ生徒達からの野次だったのだが、今度ばかりは切実な叫びだった。

『やっぱり魔法が成功しないからゼロってわけだ。ルイズちゃんが僕を召喚した理由が少しわかったよ』

 いつの間にか禊が烏を肩に乗せて、キュルケの机に座っていた。ルイズの失敗前と変わらぬ笑顔で服にも汚れた形跡はなく、阿鼻叫喚の教室を見回している。

「あなた、よくあの爆発で避難もしてないのに無事だったわね」

 なんてことない様子で、禊は肩の烏を指さしてキュルケへの回答を返す。

『きっとこの使い魔の幸運(ラッキー)が、僕に取り憑いたのさ』

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