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マイナスの使い魔 第八敗『夕べはお楽しみでしたね』

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 ルイズは自室でベッドの布団に包まり、心身共に打ちのめされていた。
 自分が召喚した使い魔は決してゼロではない。それ以下のマイナスだった。

 不幸と不条理を集約したかのような禊の存在に飲み込まれそうになったルイズは、渾身の力で逃げ出した。向き合うことすら拒んだのだ。

 それが間違いだったとは思わない。そして、間違いだったと思えないことが問題だった。

 ――あんたはわたしの使い魔なんかじゃない! あんたはわたしが召喚に失敗して、たまたまそこら辺にいた平民を連れてきただけよ!

 ルイズはあの時、自分が禊を召喚したという事実まで自分の口から否定したのだ。
 大事なのは、その時ルイズがどういう気持ちで禊を否定したかである。ルイズが何を言おうが、禊が召喚されたという現実は覆らない。

 しかし、ルイズの心は違う。ルイズは心の奥底から禊を否定していたし、それは今も同じだ。そしてルイズは禊から逃げ出す直前に、もう自分が貴族でなくていいと思った。
 あの瞬間から、ルイズの貴族としてのプライドには、一つの折れ目(・ ・ ・)が付いた。

 どれだけ一生懸命真っ直ぐ伸ばしても一度付いた折れ目が消えることはない。他の部分がどれだけ美しかろうが、折れ目はくっきりと残って常にただそこにある。
 ルイズが自ら自分が貴族であることを否定したという事実は、痕として一生残り続けるのだ。

 ――『現実さえなかったことにして逃げる。そんな君の無能(ゼロ)を受け入れればいいのさ。そうすれば君は……』

 そうすれば……。

「わたしも同類(マイナス)になる」

 恐怖に駆られて逃げた先は、禊と同じ過負荷(マイナス)という行き止まりだった。
 でもきっとこれは予定調和だ。召喚された使い魔はメイジの技量となるのだから、マイナスを召喚したルイズもまた、始めからマイナスだったのだ。

 そんなマイナス思考が、弱りきったルイズへと去来している。
 ルイズはずっとずっと悔しかった。ゼロであることが、ゼロと呼ばれることが悔しくてたまらなかった。
 そうであるはずだったのに、今のルイズは、ゼロを否定するのさえ疲れてしまっている。

 もういいのではないか?
 どれだけ落ちこぼれても上を向き、光る月を見続けていた誇り高き貴族の少女は、もはや大地へと伏せてぼんやりと泥を眺めている。
 貴族としての道を踏み外そうとしているルイズは、禊が言っていた言葉の意味をようやく悟った。

 このままルイズが無能ゼロを受け入れたなら、彼女は真の意味で敗者(マイナス)となるのだろう。
 もう、それでいいじゃないか。

 これが現実だと言うのなら、受け入れるべきだ。そうすれば、もう苦しまなくても済む。

「わたしは、もうゼロで……」
「何やってるのよ、ルイズ?」

 身投げするような最後の一歩を、突然の闖入者が打ち消した。その者は、皮肉にもルイズが最も嫌うクラスメート、キュルケだった。

          ●

 昼食を摂るため食堂へ漫然と歩を進めていたはずのキュルケは、自分を後ろから追い抜いていった者の背を呆然と見ていた。

「あれは、ルイズよね?」

 あの子は、昼食も無視してどうして全力疾走しているのだろうか? ルイズは罰として教室の片付けが命じられていたはずだし、あの切羽詰まったような急ぎようはどこか変だ。
 もしかしたらルイズをからかえるネタになるかもしれない。後でどうしたのか聞いてみよう。そこでキュルケは思考を打ち切り食堂へと入っていった。

 しかし事態はキュルケの思わぬ方向へと転がっていたようで、昼休みが終わりを告げても、ルイズが授業に出席していない。
 教師も、ルイズの欠席は聞いていなかったらしく、他の生徒達に彼女の所在を確認したりしていた。

 結局ルイズはその日の授業を全てサボり、遂には夕食にまで顔を出さなかった。
 理由は不明なままだが、昼間あれだけ走っていたのにその後の音沙汰は一切ない。『もしかしたら』は『どうしてかしら』へと意味合いを変えて、キュルケの足を動かした。

 ルイズの様子を見るにしても、隣の部屋であるキュルケは適任だ。本人は興味本位の理由付けとして勝手にそう考えて、ルイズの部屋をノックした。けれど中からの返事はない。
 他の一般的な学生ならここで留守かと引き返すのだろうが、キュルケはそんなお行儀のいい生徒じゃなく、「アンロック」の魔法をかけて部屋の鍵を外してルイズの部屋へと侵入した。重大な校則違反であるが、そんな規約は自由奔放なキュルケの抑止力にはならない。

 部屋の中にルイズはいた。制服姿のままでベッドに座り両膝を腕で抱えて、頭にシーツを被っているので表情までは伺えないが、まるで幽鬼のようになっている。
 キュルケの呼びかけには僅かに頭を上げて対応したので、意識はあるらしい。

 小さな女の子みたいに、ベッドで縮こまるルイズへ特大の疑念を持ちつつ、キュルケはルイズの隣に腰を落ち着かせる。

「独りでシーツに包まって悩みに耽ってるなんて、あなたらしくないわね」
「…………」

 ルイズはいつものように食ってかかるわけでもなく、無感動な様子でシーツに包まれているだけ。キュルケの声が届いているかどうかもわからない。

「何よ、返事しなさいな」
「キュルケ……」

 キュルケの名を呼ぶルイズの姿は、酷く弱々しかった。いつもはしっかりと整えられている桃色のブロンドもボサボサになっていて、肩は小刻みに震えている。そこに、プライドの塊みたいないつもの尊大なルイズらしさは見る影もない。

「………………助けて」

 その一言で、キュルケはことの重大さを理解した。
 キュルケのツェルプストー家と、ルイズのヴァリエール家は国境を挟んだ隣にあり、長きに渡る因縁を持つ間柄だ。
 戦になると互いに杖を向け合ってきたし、色恋沙汰でもツェルプストーはヴァリエールの婚約者を寝取り、両家は何かにつけて争ってきた。それらは二人の関係にも密接に絡みついている。

 自分の家名を重要視するルイズは、キュルケをずっと毛嫌いしていた。キュルケはキュルケで、因縁のライバルであるはずのルイズが魔法を使えなくて、これまた別種の憤りを感じて彼女を弄り倒してきた。
 それはどちらかというと恨み積りではなくて、自分のライバルに足るに相応しい者になって欲しいという願いが強いのだけど。

 そうして作られた二人の溝は、そう安々と埋まるようなものではない。
 だというのに、あのルイズが自分を取り繕うのも放棄して、キュルケに助けを求めている。

 シュヴルーズの授業から昼休みまでの間に何があったというのだろう。キュルケには想像さえできない。
 しかし、あのルイズが仇敵に無条件で助けを乞うという、どう考えてものっぴきならない状況にまで追い詰められているのは事実だ。
 キュルケの二つ名は『微熱』。ここまで弱った者を突き放せるような苛烈さは、彼女にはなかった。

「まずどうしてあなたがそうなったのかを、一から話して」
「駄目……いつあいつが帰ってくるかわからないから……」
「あいつ? あの、あなたが召喚した平民のこと?」

 この部屋を使用しているのは、ルイズ本人と、彼女が昨日召喚した使い魔しかいない。禊の名を出されたルイズは、不自然なまでにビクンと反応を示した。どうやら問題はこの使い魔にあるらしいとキュルケは確信する。

「それなら鍵を閉めて、入れないようにすればいいじゃない」
「無駄よ、あいつには鍵なんて意味ないもの」
「どうしてよ? メイジでもないのに」

 ルイズは答えず、禊の存在にただ怯えるばかりだ。これでは埒があかないとキュルケは代案を出す。

「ならわたしの部屋に来なさい。このままここにいるより、よっぽど安全でしょ?」

 無言のままその提案に乗ったのか、緩慢な動作だがルイズはベッドから降りて立ち上がる。俯き枯れ木のような佇まいのルイズに、嘆息しながらもキュルケは手を引いて自分の部屋に連れ込んだ。
 ほとんどされるがままのルイズをベッドに座らせ、キュルケもその右隣へ座る。おまけに外部にはサイレントまでかけて、本格的に話を聞く体勢を整えた上で、キュルケは改めてルイズに何があったのかを問いかける。

 暫くの沈黙を経て、ルイズはぽつりぽつりと昨日禊を召喚してからの話を語り出した。
 メイジのいない異世界から来たという妄言。
 アンロックも使わずに鍵を開けたり、忽然と消えた朝食。

 そして、教室を片付けていた時に感じた、あの得体のしれない会話と気持ち悪さ。
 ここまで弱り切ったルイズが話しているので、それなりのリアリティはある。

 だが如何せん、キュルケににはルイズの語る禊の恐さが伝わっては来なかった。気にはなる話だが、話すだけでこうまで気落ちするような気持ちの悪い者というのは、キュルケからすれば想像し難い。
 これがまだ普通の生徒であるなら、禊の鋭い言葉によって心に傷を負ったのだろうと考えられなくもないのだが、相手は何と言ってもルイズだ。

 生まれてからこれまでずっと魔法を失敗し続けて、それを責め苦に生きてきた少女。だけどルイズが他人に己の弱さを曝け出す所など、キュルケはこれまで見たことがなかった。
 悔しくて悲しくとも、そのコンプレックスを内に閉じ込めて決して人に背を向けない。貴族らしさを演出するため尊大に振る舞い続ける少女こそがルイズなのである。
 言霊だけで人の心を引き裂く力。禊についての説明を、キュルケは自分なりに解釈して推測を立てた。

「あの使い魔が、ご禁制のマジックアイテムを使って、あんたの心を支配しようとしたわけ?」
「違うわ! あれ(・ ・)はそんなのじゃない!」

 これまでずっと大人しかったルイズが、初めて声を張り上げた。その勢いに困惑してキュルケが問う。

「そんなのじゃないってどういうことよ?」
「あの気持ちの悪さは、あいつの声から、あいつの心から感じたのよ。マジックアイテムなんかじゃないわ!」

 マジックアイテムの効力が声となっているのかもしれない。そういう考え方だってできるはずなのに、ルイズはそれを違うと断定した。

「わたしは恐かったの。あの気持ち悪いのがわたしの中に侵入し(はいっ)てくる。それが恐くて、わたしは間違えたのよ」
「間違えたって?」
「わたし、あいつに言ったのよ。わたしはあんたなんて召喚してない。そこら辺にいた平民を捕まえてきただけだって」

 ルイズを茶化そうとしたマリコルヌの言葉を、ルイズ自身が認めた。自分が召喚した使い魔を否定したいあまりに、唯一の成功までをも否定したのだ。

「わたしは失敗したのよ。貴族として失敗した……」
「あなた、これまで散々失敗してきたじゃない。ホント、今更何を言ってるのよ」
「今回のは今までと違うわ。全然違うの」
「じゃあ、何がどう違うわけ?」

 質問しつつも、ルイズが何故ここまで落ち込んでいるかを、キュルケは大体把握していた。

 ――そういうことなのね。

 禊の気持ち悪さとやらは未だ要領を得ないが、ルイズがショックを受けているのは、ルイズのアイデンティティである立派な貴族(・ ・ ・ ・ ・)を自分で捨ててしまったためだ。

「わたしは、魔法が使えなくても、誰にも認めてもらえなくても、貴族であろうとしてきたわ……。なのに、わたしは自分で自分の誇りを捨てたの。貴族であることを否定したの」

 ルイズは魔法が使えないという事実を、貴族らしくあろうとする心で埋め合わせようとしてきた。その支柱を禊が叩き折ったのだろう。
 これが計画的なものだとしたら、それは平民の発想とは思えないわねとキュルケは思った。

「同じよ。うじうじしてるあなたも、そうでないあなたも、わたしからすればどっちも同じ」
「同じじゃないわ!」

 追い詰められてるくせに、意固地ねとキュルケは呆れながらも苦笑した。
 そしてそれでいい。少なくとも、キュルケの望むヴァリエールという敵はまだ死んでいない。だからキュルケは、ルイズに手を差し伸べてやろうと決めた。自分の人生を面白く、充実したものにするために。

「ねぇ、ルイズ。今日のミス・シュヴルーズの授業憶えてる?」
「わたしが今日も爆発させたこと?」
「そうじゃないわよ」

 ルイズに睨まれた。やはり弱っていても根幹部分はルイズのままのようだ。そうでなければ助けてやる価値もない。

「ミス・シュヴルーズがあの使い魔に指摘されたわよね。ルイズが笑い者になった原因を作ったのはあなただって」
「憶えてるわよ。こっちはすごく心臓に悪かったわ」

 細かくは違うが、内容としてはほぼ同じだ。平民のそれも使い魔が教師の揚げ足を取るなんて、キュルケからしても印象深かった。

「その後ミス・シュヴルーズは使い魔とルイズに謝罪したわよね」
「したわ。それがどうしたのよ?」
「それって、貴族として間違えたって、ミス・シュヴルーズ自身が認めたってことじゃない?」
「それは……」

 ミス・シュヴルーズが貴族としての在り方を間違えた。それはルイズと同じじゃないのか。遠回しに、キュルケはルイズにそう問うている。そして、ルイズはその答えをすぐには出せなかった。

「あなたは、もうミス・シュヴルーズが貴族じゃないと思うの?」
「そんなわけないでしょ! ミス・シュヴルーズはわたしに失敗を恐れるなって言ってくれたわ。間違うことは誰にでもあるって」
「そうね、わたしもそう思うわ」

 しょっちゅう自分の部屋に男を連れ込むキュルケだが、全ての男がキュルケに陥落され靡いたわけではない。当然失敗したことだってある。
 キュルケはそれを失敗したと思っても、それで終わったとは思わない。

「だからやっぱり、あなたの失敗も同じよね」
「え……?」
「貴族として失敗したからどうなの? 誇りを捨ててしまったのなら、また拾えばいいじゃない」

 自分に靡かなかった相手はキュルケにとって運命の男ではなかったのだろう、この世に男は他にもいるのだ。ならば、やってしまった失敗は次に生かせばいい。
 失敗が悪いのではない。失敗したからと諦めることと、その失敗から何も学ばないことこそが真の間違いだ。

「キュルケ……」

 ルイズの目から、さっきまでの濁りが消えた。純真な瞳にキュルケの顔が映りこむ。なんだからしくないと思ったので、オチを付けておく。

「まあ、教室壊されるのはもう勘弁して欲しいけど」
「うるさいわね! ちょっといい話したと思ったらこれだわ! ……あ」

 思わず出た自分の大声に、ルイズ本人が驚いた。この反応は、いつものルイズだ。どうやら最低限だけは持ち直したらしい。ルイズはこうでなくては張り合いがない。

「その意気よ。あなたはそれだけが取り柄なんだから」
「あう……う……」

 キュルケに茶化されて自分の心境について、ルイズはこのまま受け入れるべきか苦悩しているようだ。そんなルイズに、キュルケはちょっとした安堵を得た。

 ――今日だけは特別よ。

 そう思いつつも、きっとキュルケは似たような状況になればまたルイズを助けるだろう。ヴァリエール家との因縁はある。だけどそれとルイズを完全に重ねるつもりもなかった。

 ライバルであっても憎悪の対象では決してない。むしろルイズには互いを高めあう者であって欲しいとさえ思っている。
 キュルケにとってルイズは好敵手(ライバル)であり、また自分が全力で競える者であって欲しいのだ。
 きっと男なら、今のキュルケの心情はこうやって言い表すだろう。お前がこの俺以外に倒されるのなんて認めない(・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・)、と。

「しかし、確かに気にはなるわね。あなたの使い魔」

 ルイズが別人と思うまでに怯えるまでの理由は不明なままにしても、これがたった二日でルイズの心理を読みきって実行した結果だとしたならば、十分警戒する理由にはなる。少なくとも、ここまで人の弱さを的確に読み切る男は、男性経験が豊富なキュルケでさえ知らない。

「あいつは、もう、何がなんだかわからないわ」

 なんとか立ち直っても、ルイズが頭を抱えているのには変わりがない。だから、キュルケは自分の考えをルイズにぶつけてみることにした。

「あの使い魔、本当に人間じゃないのかもね」
「じゃあなんだって言うのよ?」
「亜人よ」
「亜人って、オークじゃあるまいし。幾ら何でも……そうよっ!」

 そんなのあり得ないと言いかけたルイズだったが、何か思い当たったる節があったらしい。それは恐らくキュルケと同じなのだろう。彼女は口の端を釣り上げた。

「いるわよね、人間と同じ姿見をした亜人の種族が」

 多くの亜人は二足歩行であっても外見は人から大きく外れている。しかし、極少数でこそあるが、一見見分けが付かない種族も存在しているのだ。

「まさか、エルフ……!?」

 そう口にするルイズの顔が見る見るうちに青ざめていく。エルフとは東の砂漠に住まう種族であり、ハルケギニアでは恐怖の象徴とされている。

「それなら、これまであの使い魔が使っていた不思議な力にも納得がいくわ!」

 エルフが居住している土地にはハルケギニアにおける偉大な聖人、始祖ブリミルが死んだとされる聖地があり、人々はその聖地を奪回すべくこれまで何度もエルフに戦いを挑んできた。そして、それらは全て人間側の惨敗で終わっている。

 彼らは系統魔法とは全く別の、しかもかなり強力な魔法を扱うのだ。ハルケギニアではそれを先住魔法と呼び恐れている。
 たった一人のエルフに百の人間で挑む必要があると言われているくらい、互いの種族には途方もない戦力差があった。
 禊が先住魔法を使用できるのだとしたら、鍵や食事の紛失にだって納得がいく。

「だとしたら一番厄介だけど、それはないと思うわ。だってあの使い魔にはエルフの特徴である長い耳がないもの。人の姿になる魔法を使っているにしても、向こうだっていきなり召喚されたのよ。始めから人間の姿で現れるのは不自然じゃなくて?」
「そうね、だとしたら他には……吸血鬼とか」

 吸血鬼の種族も人間に近い外見をしているし、エルフレベルでないにしろ先住魔法が使用できるこれまた厄介な亜人だ。

「禊が亜人なら、その可能性が最も高そうね」
「確か吸血鬼って、人に紛れてグールを作り人を襲うのよ……」

 吸血鬼の特性として、彼らは一匹につき、人間を一人だけ自分の意のままに動くグールに作り変えることができる。そうやってグールを使い獲物をおびき出してその血を吸って糧としており、元来人間の輪に忍び込むのを得意としている種族だった。

「もしあの使い魔が本当に吸血鬼なら、エルフ程じゃないにしても、大問題には変わりないわ」
「そ、そうね……まずはあいつの正体を、慎重に確かめないと。でも」
「まだ何かあるの?」
「あの気持ち悪さだけは、吸血鬼とは別物な気がするわ」

 またそれか、キュルケはそう思うも、口にするのは辞めておいた。下手に刺激して、またルイズに落ち込まれては敵わない。
 この件だって、恐らくは禊を調べていけば判明するだろうから、ここでは保留にしておく。

「まずは明日の朝、わたしが使い魔に隠れてディテクトマジックを試してみる。そうすれば、使い魔が何らかの系統魔法に頼っているのかはわかるでしょ」
「そうね。でも、どうしてキュルケがそこまでするの? わたしはヴァリエールの貴族で、これはわたし個人の問題よ」
「あのねえ、わたしはあなたの隣に住んでるのよ? あの使い魔が危険な存在なら、わたしだっていつ襲われるかわからないじゃない。それにあの平民の正体が吸血鬼だとしたら、これはトリステイン魔法学院全体の危機にもなりかねないわ」

 ただでさえここは学院と言う名の閉鎖された場所なのだ。吸血からすれば、まさに格好の狩場となるだろう。

「ああ、そっか、そうよね」
「しっかりしてよ、あなたの使い魔の話なんだから」
「わかってるわよ、そんなこと」

 こんなの少し考えればわかることだと思うのだが、そこまで考えが及ばないのは、ルイズがまだ不安定で、内心動揺しているためだろう。
 キュルケはあくまで第三者という立場から話をしているため冷静でいられるが、自分が召喚した使い魔が実は人を糧にする亜人でした、なんていきなり告げられたらそれこそ気が気ではない。

「それじゃ、今夜はうちに泊まっていきなさいな」
「どうしていきなりそうなるのよ? ツェルプストーの部屋に泊まるなんて、冗談じゃないわ! そんなの末代までの恥よ」
「こっちだって、泊めたくて泊めるわけじゃないわよ!」

 というか恥って何よ恥って。本当にプライドの高い娘だわ。それでも怒って放り出さないだけ、ルイズよりは大人の対応ができるキュルケだった。

「あれが、もし吸血鬼なら、あんた今夜グールにされかねないわね」
「う……」
「最悪、明日部屋で干からびてるかも」
「ぐ……」
「そもそも、あんたは使い魔が気持ち悪くて逃げてきたんでしょ? このまま部屋に戻って耐え切れるの?」
「うううううううううううう」

 ルイズはしゃがみ込みながら唸った。考えるべくもない選択肢だが、ルイズからすれば究極の選択になるらしい。その失礼さにやっぱり放り捨て手てやろうかしらと考え始めていたら、ルイズが立ち上がった。

「しししし仕方ないから、きき今日は我慢してあんたの部屋に泊まってあげるわ!」
「はいはい、それはどーも」

 上から目線で接してプライドを保ち妥協としたらしい。面倒臭いので、その思考に合わせておいてやる。うん、これはこれでルイズが復調しつつある証なのだ。
 というか、立ち直り始めると思っていたより回復が早いので、実は大した話ではなかったのではないかなんて思ってしまう。

 ああもういいわ、さっさと寝てしまおう。今日は疲れた、主に精神面で。幸い、今日は恋人達との熱い予定も入っていなかった。
 残り少ない今日の予定を組み上げたキュルケに、またも声をかける者がいた。ルイズだ。

「キュルケ……」
「なあに?」
「あの、今日は、その、色々と……なんでもないわ。ないの!」
「本当に、素直じゃない娘だわ」

 恋人を作るのに、苦労しそうな子ね。いや、外見はいいから、ころりと騙された相手が一番苦労するかしら。そうやってルイズの将来を苦笑う。

「なんか言った?」

 そして、同時にキュルケは悟る。ルイズはまだ元通りになんてなっていないし、使い魔の問題はやはり深刻化しているのだ。
 今のルイズは、やはりいつも通りにあろうと強がっているだけでしかなく、すぐこうやって素直で脆い面を覗かせてしまう。

「こっちも、なんでもないわよ」

 ――やっぱり気になるわ。あの使い魔、クマガワミソギの正体。

 こうして、キュルケはルイズという主人を通して、禊に並以上の興味を抱くのだった。彼女にしては珍しく、そこに異性としての関心は含まれずに、自分でもまだ無自覚な友情を胸に灯して。

          ●

 禊によって貴族のプライドと心を折られかけた次の日、ルイズはキュルケに叩き起こされた。
 最初こそ部屋の違いに驚いた彼女だったが、すぐ昨日はキュルケのベッドで並んで寝たのを思い出す。貴族用のベッドだけあり、二人で寝てもまだ余裕のある大きさだ。

 日常とは違う環境に、ルイズの薄ぼんやりした意識もいつもより早く覚醒していく。
 もう駄目だと思っていた自分を暗闇から引き上げてくれたのは、まさかのキュルケだった。

 因縁のあるツェルプストー家で、いの一番に自分を馬鹿にしてくる女、それがルイズから見たキュルケの印象だ。
 しかし、それが昨日のやり取りで薄れ始めている。ゼロであんな者を召喚した自分を憐れんだから? それは何かが違う。上手くは言えないけど、ルイズは素直にそう思った。

 今のキュルケはもういつも通りで、寝覚めの悪い自分を馬鹿にしてくる。腹立たしいが、下手にいたわったり心配されてないのが心地よくもある。
 そんなキュルケに感謝はしていた。だけどそれを口に出すのはルイズのプライドが邪魔をしてしまい、昨日自分で作った唯一のチャンスすら、やはり自分で潰してしまった。

 家柄の因縁を抜きにしてしまえば、ルイズは本気でキュルケを嫌っているわけではない。
 友達では決してないが、憎まれ口を叩きあい続け尚且つ敵よりずっと近い距離を保ち続けている仲。ルイズが認めるなどまずあり得ないのだろうけど、キュルケという少女は悪友(ライバル)であるのだろう。

 口で駄目なら行動で示そう。キュルケの助けに報いるためにも、誇り高い貴族としてルイズはもう一度、己の使い魔球磨川禊に対峙すると決めた。
 心こそ一晩かけて平常まで安定させられたが、ルイズの心を蝕んだ禊の気持ち悪さを克服したわけではない。
 だけど自分が召喚した使い魔一匹制御できなくて何が貴族だ。

 ――これは自分が誇りを持って貴族として生きるために、始祖ブリミルがお与えになった試練なのよ

 最近自分になにか言い聞かせるのが増えているのを自覚しながら、ルイズは自分の部屋の前まで戻ってきた。後ろには制服に着替えたキュルケが控えている。

「ルイズ」
「大丈夫よ。もう昨日みたいにはならないわ」

 そんな保証はどこにもないのだが、今は一人ではないという事実がルイズにとっては何より勝る力だった。鍵のかかっている扉を開け、ルイズは自分の部屋へと入る。
 そこにいるのは、いつもの黒い衣服の禊だった。

『あ、ルイズちゃんお帰り』
「ただいま、留守番くらいはちゃんとできるみたいね。もし鍵がかかってなかったら、朝から躾が必要なところだったわ」
『ルイズちゃんこそ、部屋を出るならきちんと戸締りしておかなきゃ駄目だよ。RPGじゃ他人の家のタンスやツボを漁るのは基本なんだから』

 昨日の一件などなかったかのような日常会話。ルイズは禊に文句を叩きつけてやりたくなるが、唇は別の話を紡いだ。そもそも逃げたのはルイズなのだから。

「あんたが締め出さないようにしてあげたの。ご主人様の慈悲よ感謝なさい」
『そうだね、僕は鍵を持ってないから助かったよ。ありがとうルイズちゃん!』

 実際は鍵を閉める余裕すらなかっただけであり、禊だって鍵かかっていようがまた無視して部屋に入っていただろう。

『それで、昨日は忠誠心溢れる使い魔を放置しちゃって、どこに行ってたのかな?』
「キュルケの部屋よ。昨日一晩、二人で勉強をしていたの」

 ちらりと、禊はルイズの後ろに立つキュルケを見て、人差し指で自分の顎を撫でる。そして何かを納得したように頷いた。

『意外だなあ、二人がそんな関係だったなんて』
「はあ?」
『平日から二人で一晩しっぽりと保健体育の勉強とは驚きだよ。貴族は爛れているんだなあ』

 保健体育の意味はわからなくとも、どういうニュアンスであるかはわかり、ルイズは顔を真赤にして反論する。

「なななな、何を勝手にへ、へへへへ変な妄想してるのよ! このエロ犬ー!」
『これまたお約束な侮蔑表現だな。でもこれだけは言っておかないと、夕べはお楽しみでしたね』

 後ろでキュルケが額に掌をあてて、軽く頭を振っている。どう見てもこっちのやりとりに呆れているのだろう。

「ルイズ、ディテクトマジックは反応なしよ」
「そう」

 けれど、キュルケはすぐ真面目な顔に戻りそっとルイズに耳打ちした。ルイズと禊が話をしている間、キュルケは禊に感づかれないようルイズの影に隠れるように小声でディテクトマジックのルーンを唱えていいたのだった。
 これで反応ありだったならば、禊からマジックアイテムを取り上げて終わりで済んだかもしれないのに。そんな落胆を得ながらも、予想はしていた。
 ルイズにとって、禊が亜人の一種であるのは、半ば確定事項なのだ。

「それじゃ、わたしは外で待ってるから、何かあったらすぐ呼びなさいよ」
「わかったわ」

 部屋の扉を閉めてルイズは制服へ着替えをしたが、禊は大人しく今日の洗濯物をまとめていただけだった。
 本当は着替えも禊にやらせたいのだが、直接的な接触を避けるため自分で行なっている。

 身支を終えたルイズはキュルケを含めた三人で、食堂へと向かった。できるだけ禊と二人きりの状況にはならない。それが二人で決めた方針だ。
 食堂ではまた質素な食事を禊に与えたが、今日は室内で食べるようにと命令した。自分の目が届く範囲に置いて、怪しい行動はないか様子を観察する。
 幸か不幸か、今日は朝食が消えるような事態にはならず、平穏に食べ終えた。

 一限目は座学なので禊の観察は楽だろう。そう思って教室に入ったルイズだったが、禊共々腰を下ろした矢先、予想していな来訪者が自分の下にやってきた。
 いや、その双眸は自分ではなく使い魔に向けられている。
 彼にしては珍しくキザったらしさを捨てて、鼻息荒く怒りを隠そうともせず、いきなりこう言い放った。

「使い魔の平民、あの二人に何をした! 貴様だけは絶対に許さないぞ! 決闘だ!」

 ルイズへ朝の挨拶すらないままに、激昂したギーシュ・ド・グラモンは禊へ決闘を申し込んだのだった。

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