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緋色の断片 『出会いはお花畑でなの?6』

 屋敷の元主ミゲルには、弟がいた。
 弟もミゲルと同じように優秀な魔導師であり、同じように大きな屋敷を構えている。
 唯一違う部分は、兄よりもずっと世間を強く意識しているところだろう。
 兄からの連絡が完全に途絶えて早数日。原因を調べるために弟は、数名の調査員を送った。その中で帰ってきたのはただ一人だけ。それも息絶え絶えの状態だ。その生き残りから屋敷の話を聞いた弟は、急いで兄の屋敷を封鎖した。
 兄が迎え入れた子供による一家惨殺と、それすらが霞んでしまう狂気があの屋敷には存在していた。あんなものが外に漏れれば、とばっちりで自分への評価失墜も免れない。どうにかしてここは証拠を全て隠滅し、事故かそこらで処理してしまいたい。
 特に鏡は確実に抹消せねばならない悪魔だ。
 弟は早急に、事件を完璧に鎮められる者を探し雇った。その名は黄泉塚輪廻。時空管理局に所属するオーバーSランクの女魔導師。まだ十代で素行に問題があるとされているが実力は確かであり、こういった裏の仕事においても広く顔が効く存在だ。
 この任務を輪廻は二つ返事で仕事を引き受た。しかも屋敷の核であろう“花畑”については何も知らないままに。
 弟があえて話さなかったわけではない。輪廻はこの仕事に感じる血生臭さをいち早く悟り、何も聞かずに現場でその核を拝んでみたくなったのだ。
 狂気が住まう屋敷へと赴く彼女は、とても楽しそうに笑う。まるで十に満たない少女が遊園地へと向かうような純粋さで、生娘が彼と初めてのデートへ向かうように心を躍らせながら、現代最強と謳われる魔導師は殺戮会場へと出撃した。
「これはこれは」
 輪廻は全く恐怖心や怯えを見せることなく、濃密な死が香る屋敷へと足を踏み入れた。
 屋敷は外からもわかる程に死臭が漂っていたが、中身は辺りには死体と血の海が広がり、まさにホラーハウスそのものである。まともな人間が踏みいれば泣き叫びながら逃げまとうか、あまりの恐怖と腐臭に上や下から様々なものが漏れ出すだろう。
 まともという概念とは無縁な輪廻にとっては、この先に有るだろう狂気の根源に期待を膨らませる材料にしかならないのだが。
 屋敷の中に一歩入った時点で輪廻は、自身が得意とする魔力検索術により、屋敷の地下にある魔力を感じ取った。
「フフフ、どうやら彼を探す必要はなさそうだね」
 ここへ来る前に屋敷の見取り図は頭に入れてきたので、足取りはスムーズに地下へと続く階段を見つけ下る。僅かな躊躇も見せずに階段を下ると、周りの空気が肌で感じられるほどに凍てついていった。それもやはり、輪廻からすればこれから起きるショーを空想させるスパイスである。
「初めまして、お姉さん」
「初めまして、ボク」
 階段の下り口で少女を迎えたのは、相変わらずの黒いゴシック・アンド・ロリータで着飾った美少年、カガミ・ボウレッグだった。
「あら、私の事知ってるんだ。ならようこそ、私のお花畑に」
 ここにいる犯人の名と年齢についてはすでに聞いている。逆に言えば名前と年齢しか情報はないのだが、狂った子供なら女装くらいはするだろうと、輪廻はあっさり少女にしか見えない鏡を受容した。
「お花畑? ここには花畑があるのかい?」
「私の事は知っていてもお花畑の事は知らないの? 変な人。まぁいいよ、見せてあげる」
 鏡は輪廻を花畑の元へと連れて行く。実際はわざわざ案内をしなくとも少し歩けば見えるのだが、それでも自慢したいのだろう、右手を指先まで伸ばして先にある自分の作品を示した。
「ほら、これだよ」
「これは……」
 レンガに囲われ土の上で生える、死んだ花々。花の種類は二つしか無いが、花壇に植えられた全てが五つの花びらを開き、皆それぞれに美しさを競い合っている。どれ一つとして全く同じものはない。大きさも違えば色も異なる、一つ一つが確かな個性を有していた。
 そして花々に別の呼び名を付加するのならば、それは人の腕であり、足だった。
 それらが無数に土へ突き刺さっている。もちろん鏡が殺した人間の手足であり、その為だけに鏡は屋敷中の人間を殺害したのだ。
 幻想的であり、狂気の沙汰である。
 芸術的であり、地獄絵図である。
 前衛的であり、鬼畜の行為である。
 まともな精神の持ち主ならばすぐに逃げ出したくなるだろう、おぞましき光景だった。
「これはなんて……」
 その光景を眺める輪廻の心が震えた。
「どうせあなたも否定するんでしょう? 好きに言えばいいよ」
「ククク……ふはは……あははははははははは! 素晴らしい素晴らしいよ! 予想外のセンスだ。なんて素敵なんだ」
「え?」
 輪廻の反応は、完全に鏡の予想外だった。鏡はエミリアが、両親が、侵入した調査員がそうしたように、輪廻も恐怖に怯え狂った子供として忌避すると考えていたのだ。ところが輪廻はその真逆に、鏡の所業を認めた。初めて鏡が作り上げた芸術に価値を与えた。
 鏡にとって輪廻は、初めての理解者と言えるだろう。鏡にとってこれは、思わぬ衝撃だ。
「しかし惜しい。この花畑には足りないものがある」
「足りないもの? それは何!?」
 本当の意味で初めて自分を認めてくれた人からの助言。鏡は興味津々にその真意を求める。
「君の作品には華が足りないのだよ」
「花? お花なら沢山あるよ」
「そういう意味じゃないのさ」
 花壇で咲き誇る花々とはこんな暗い場所で観るものじゃない。青い空と降り注ぐ太陽の輝きがあってこそ映えるもの。輪廻はそういう意味でもって華が無いと発言した。
 ならばやはりこの陰湿に感じられる手足の群々は、どれだけ異彩を放とうとも花畑にはなりえないのだが。
「うにゅ? 全然わからないよ」
 とはいえ、幼い少年にはそんな輪廻の曖昧な一言だけでその意味が掴めるわけもない。
 だけども、わからないならそれでもいいや、と鏡は考える。
「だけどね、あなたをお花畑に加えればきっともっと素敵になると思うの」
 何故なら目の前にいる輪廻なら、鏡の才を理解できる同じ異端の少女なら、きっと誰よりも美しい花を咲かせられると感じたから。
 庭師よりも。
 先生よりも。
 義父よりも。
 義母よりも。
 輪廻ならば誰よりも魅力的な花を咲かせてくれると、確信できる。
「なる程、それも面白い考えだ」
 鏡の狂気に満ちた視線を、輪廻は軽く受け流す。
「嬉しい。そう答えてくれたのもお姉さんが初めてだわ」
「やってみるがいいよ、やれるものならだけどね」
「うん、私頑張るよ。このお花畑を、もっともっと綺麗にしたいから」
「向上心が有るのは良い事さ。少々周りが見えてない部分があるのは、まぁその年齢ならそれが普通かな。ならば私が教えてあげよう、世の中には退かねばならないこともあるだとね」
 ふふんと鼻で笑い、輪廻が自らの愛機である、黒い柄と魔力で作られた黄金の巨大な両刃のアームドデバイス起動し、片手で掴んだ。
「うふふふふふ」
 鏡も堪えられぬ興奮を愉悦の笑い声に漏らして、大量の死と花を制作してきたデバイスを起動し、両手で構える。
「授業料は――君の命だ」
 どちらの顔にも浮かぶのは、これからの死線を楽しもうとする狂人の笑みだ。

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