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緋色の断片 『出会いはお花畑でなの?7』

 戦闘は、かなり一方的な展開だった。
 戦闘開始直後から鏡が、一切攻撃の手を緩めずに攻め続けている。
 ともすれば館の住人を切り刻んだ時のように、虐殺と言い換えてもいいだろう。ただし攻撃を受ける側であるはずの輪廻が、あくせくと動く小動物でも見るような微笑しい笑みを、鏡に対して向けていなければの話である。
 鏡はひたすら攻め続けた。
 初手で放った数発の射撃魔法は、防御すらしていない輪廻へと直撃。
 爆発により粉塵が巻き起こるが、鏡は気にも留めない。そのまま急接近して、デバイスの先端に魔力を込め刺突する。手応えはあった。
 しかし、鏡はここで違和感を覚える。
 硬い。まるで鋼鉄のようだと鏡は思った。
 ならばと、たとえ輪廻が鋼鉄であってとしても、問答無用で貫き通せる程の魔力を込めて再度突く。
 それでも、返ってきた結果は同じだった。貫けないどころか、刺さりすらしない。
 どうなっているの!?
 煙も晴れて現れる輪廻は、鏡が仕掛ける前と変わらず、無構えにして無防備のまま。この敵は危険だと、鏡の背筋に凍るような悪寒が走りぬけた。
 止まればやられる。
 突く。
 突く。
 突く。
 やはり輪廻を穿つことは叶わない。
 突く。突く。突く。突く。突く。
 十度目の刺突で、鏡のデバイスが砕けた。
 デバイスとは言うものの、所詮は練習用として使っていたものに過ぎず、鏡の無茶な魔力運用に耐えきれなかったのだ。
 唯一の武器を失い、鏡の焦りは加速する。焦るからこそ、攻める手を止められない。
 武器が無いなら打撃するしかない。止まってしまえば、鏡が輪廻にあっさりと殺されるだろう。それくらい、魔法を使用し戦う者としての圧倒的な差を、鏡が感じていた。
 そこから来る強迫観念が鏡を追い詰め、冷静な判断を奪う。下がるべきところで無駄な攻めを繰り返す、悪循環だ。
 鏡は強化した脚力にて飛び上がり、輪廻の顔をめがけて体重を乗せた拳を降り下ろした。もちろん、込めれるだけの魔力を圧縮してだ。
 輪廻は瞬きすらせず、飛来した魔力塊と変わらぬ打拳を浴びた。それでもかすり傷すら負うこともなく、まばたきすらなく見つめているだけ。その姿は、デバイスでの刺突を受けた時と一つも変わらない。
 全力でぶつけた一撃は振り抜けず、むしろ弾き返されるように鏡は下がって着地。さらに時間を置かず、膝の屈伸をクッションにして屈んだままに、ローキック。
 効かない。
 続けて床を踏みしめて腹部へとアッパー。
 効かない。
 どれもこれもが輪廻へ対して、何の影響も与えられない。
「うわああああああああ!」
 鏡が咆哮する。
 自分の中に芽生えた恐怖を認めたくないから。
 不安、諦観、悲しみ、それら全てを抑えこむために。
 殴。殴。殴。蹴。殴。蹴。殴。
 輪廻は動かない。それが鏡の攻めが理由でないことくらいはわかっている。
 殴蹴殴殴殴殴殴。
 息が切れる。
 精神的な疲労も手伝い、幼い体力を奪っていく。
 だけど止められない。もう戻れない。
 打打打打打打打。
 手数が増えて、攻撃の切れ目は減っているが、その分攻め方は短調になり軽くなる。
 攻めろ。
 止まるな。
 来るな。
 やめて。
 来てないから叩けてる。
 反撃されちゃいけない。
 反撃は嫌だ。
 痛い。
 恐い。
 死んでしまう。
 殺されたくない。
 だから殴って殴る。
 さらに殴る。
 その上から殴る。
 来ないように殴る。
 敵を止める。
 止めるためにはやっつけなくちゃ。
 倒さないといけない。
 でも倒せない。
 殴っても蹴っても叩いても全然平気。
 ここはさっきだって何度も叩いたけど何もない。
 手が痛いのに私が痛いだけ。
 痛いのが嫌なのに。
 どうして。
 痛い。倒れろ。痛い。倒れろ。
 どうして。
 どうして。
 どうしてどうしてどうしてどうして!
 極限の緊張で疲弊した鏡の足がもつれた。拳が空振りし、総毛立つ。
 手が止まってしまった、反撃される。それが妄想に過ぎずとも、鏡は自分が止められなかった。
 どうやり過ごすかなど、まともな思考など働かないままに、輪廻の右腕を両手で掴んでいた。それも一度も受けていない空想の攻撃に恐怖にしたから、防衛反応が働いたに過ぎない。
 抑えないと。剣が自分より高く掲げられるより早く、腕そのものを封印するんだ!
 鏡の得意とするスキル、氷の魔力変換が直触りする腕に向けて発動する。
 凍れ! 凍れ! 凍れ! 凍れ! 凍れ! 凍ってよ!
 鏡からすれば、もはや行動よりも懇願だ。攻撃が願望を唱える行為にすり変わっている。
 しかし現実とは非常なものであり、生に焦がれた幼い少年の願いは、天にも輪廻にも届かなかった。
 冷気は浸透せず、輪廻の肌は血色も同じまま。
 それどころか、急激な魔力消費に耐えきれない鏡の身体の方が悲鳴を上げた。鏡は血の混じる咳をしながら、無理な魔力消費で苦痛に喘いでいた。
 それはまるで、子供が大人に縋りついて赦しを乞うような構図のようであり、あながち間違いでもないだろう。
 いつしか鏡は掴んでいた手を離し、ふらふらと足取りも不安定に立ちつくしていた。
 鏡は産まれ落ちてから今日ほど、最大級に渾身の力を奮い続けてきたことはなかったが、それでも上限がある。ずっと浸かっていた水の中から顔を上げるように、鏡の攻め手は止まった。
 どうにもならない。途方もなく巨大な岩を素手で殴り続けている気分だった。岩は微動だにせず、やがて殴る側の拳が砕ける。
 残ったものは、越えられない壁を前にした無力感のみだ。
「次は私のターンだね」
 もはやゲームメイク級の圧倒的戦力差を、何もせずにただ立っているだけで披露した輪廻は、口角を釣り上げながらそう告げた。
 死刑宣告。鏡からすれば、それ以外の何物でもない。もう抵抗するだけの力さえ残ってないのだから。
 逃走はもちろん、防御すら許されない程に鏡の疲弊は大きい。
「せっかくだ、味わっていきたまえ」
 重厚感溢れる鈍い音を立てながら、輪廻が剣を地面へと突き刺した。
 鏡はそれをただ虚ろな瞳に写すだけ。枯渇した精神には、剣を捨てた理由を考える余裕もありはしない。
 輪廻が身体を後ろへ捻るように、腕を伸ばす。拳は硬く握り込まれており、その強度を示すように魔力が凝縮されていた。鏡の攻勢を一切を弾き返した魔力が、攻撃へと転化されていく。
 下から突き上げるように腕を振り抜いた。拳が地面を擦り、浅く床を抉る。
 まず鏡が体感したものは、胴体が爆発したかのような衝撃だった。鏡が輪廻に打ち続けた打撃とは格が違う。
 次に地から足が離れていく浮遊感。
 飛んだ。
 地下室の天井をまるで紙でも突き破るように破砕し、なおも勢いは止まらない。慣性に従うのみの少年は一階の窓ガラスを破損させて、外へと放りだされた。
 明らかに質感の違う大地に触れ、ようやく鏡は自分の落下先を知覚する。落下の衝撃を幾分緩和してくれた柔らかな土と、かすかに香る甘い匂い。鏡が落ちた場所は、花壇の中だった。
 お花畑、もうめちゃくちゃだ。綺麗だったのになぁ。
 痛みと疲労に苛まれる肉体を横たえながら、鏡はそんなことを考えていた。
「すまないね。君があまりに頑張り屋さんなものだから、少し悪戯心を起こしてしまったよ」
 輪廻が速くもなく遅くもない足取りで、仰向くに倒れている鏡の前へと立った。
 右手にはまた、大剣デバイスが握られている。
 強いなぁ。実力が離れすぎて、どれだけ強いのかさえわからないくらい強いや。
 精神も肉体も力尽きた鏡の内に沸き上がったのは、輪廻に対する感動だった。
 戦いの途中で感じた痛み。恐怖。哀しみ。どれもまだ鏡の内にある。しかし集約されて現れた感情は、それらのどれでもなかった。鏡は花壇へと落ちてから、ずっと言い様のない高揚の中にいる。
 鏡の頬を一筋の涙が伝った。
「もう動くのも無理だろう。無駄な苦しみを与えて悪いと思ってるよ」
 無駄なもんか。あのパンチがなければ、私はこの人の神秘に触れることができなかったんだから。
 鏡には輪廻が輝いて見える。実際に発光しているわけではない。そういう雰囲気を輪廻が纏っているのだ。一種のカリスマであるが、鏡はこれを輪廻の言う華なのだと解釈した。
 きっと輪廻をバラバラにして花畑に植えたとしたても、この華は消えてしまうだろう。これはそういうものだ。
「次は、苦しまないよう、一瞬で蒸発させてあげるよ」
 だったら、私が殺されればこの人の華になれるのかな。
 いや、それは違うぞ。違うんだ。
 死にたい?
 死にたくない。
 華になりたい。
 華の一部にはなりたくない。
 私が輝きたい。
 私が華になりたい。
 あいつじゃない。
 私だ。私がなんだ。
 熱い。
 鏡に熱が宿った。先の感動とはまた別種の熱。それが内側から、鏡をじりじりと焼いていく。
「ふざけるな」
 気が付けば鏡は声を出していた。
 熱が全身に行き渡る。
 輝きたい。輝く。どうすれば輝ける?
 そんなの簡単だ。目の前の輝いているものを倒せばいい。
 勝てばきっとあの女のいる所へいける。私は登れるんだ。
 だから戦う。その結果として死ぬのなら、それでもいい。それなら私の私に反しない。
 だから、さぁ……。
「勝つのは私よ」
 立った。鏡は笑っている。獣のように攻撃的で、強烈な笑みだ。
 足元はおぼつかず、軽く押しただけでも倒れそうに見える。しかし鏡に張り付いた獣の笑みは、どこにもそんな弱さを感じさせなかった。
「これは……。ふふふ、今日はなんて素晴らしい日なんだ」
「ええ、本当に最高の日ね」
 もう限界のはずだった、鏡の肉が動いた。
 鏡自身これまで気付かなかった、ずっと隠れていた新しいエネルギーの塊を見つけたような感覚がある。
「来たまえ」
 輪廻が上段に構える。フェイントもしない、真っ直ぐ降り下ろすぞと、言葉以上に決意が見える姿勢だ。
「行くわ」
 鏡は跳んだ。
 策などない。そんなものは無駄。
 いつもなら使うし、考えもする。
 しかしここに至っては駄目だ。そんなものに頼るのは、鏡の熱が許さない。
 だから跳んだ。
 高みへ駆けるように。
 やることは右手で殴る。
 右手首に生み出した魔方陣からありったけの冷気と魔力が宿る。
 それが輪廻に効く効かないすら、もう鏡の頭にはない。
 ぶつける!
「っしゃあ!」
 自分の口から漏れた気合いと、拳を最後に写し、鏡の視界は黒く塗りつぶされた。

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