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緋色の断片 『出会いはお花畑でなの?8』

 目が覚めると、鏡はベッドの上で横になっていた。部屋の内装は身に覚えがあるというか、自分の部屋だ。
 おかしい、さっきまで戦っていたはずなのに。思わず自分にかけられている布団を引き剥がして、起き上がろうとした。
「っあぅ!」
 だが痛みが全身に走り、中途半端な状態で止まってしまう。そこで服もバリアジャケットのままである事に気付く。一体何がどうなっているのか。
「君はあまりに身体を酷使し過ぎた。無理は辞めておいた方がいい」
 鏡が声に反応して振り向くと、そこにはさっきまで戦っていたはずの女である黄泉塚輪廻が、鏡の寝ているベッドのすぐ隣で座っていた。
 輪廻は時空管理局員の制服を着ており、勝手に部屋にある机の椅子をここまで持ってきている。
「君に完全勝利してから、私がここへ運んだのだよ」
「どうして、そんなことを?」
 鏡は輪廻が自分を逮捕か殺すためにここへ来たのだと、そう思っている。ならば何故ここは管理局ではなく、自分の部屋なのだろうか?
「そのつもりだったんだがね、私はどうやら、君を気に入ってしまったようなのだよ。鏡君、私の部下になるつもりはないかい?」
「はい?」
 鏡は自分が置かれている状況についていけず、思わず間抜けた声を上げた。
「悪くない案だと思うのだけどね」
「貴方は、時空管理局の人なのですよね? そして私が悪者だから、捕まえに来たのではないの?」
「君と戦ったときは管理局員だったが、少々前に辞めると通信で宣言してきたから、今はもう違う。フリーの超天才魔導師さ。ついでに退職金替わりに君を貰っていこうと思ってね」
 つまり輪廻は、先の戦闘で勝利した後に鏡をここへと運び、そのまま時空管理局を退職してしまっていたのだ。本人の返答を聞く前から、既に鏡の拉致が準備完了してしまっている。
「私を部下にして、それからどうするの?」
「新しい組織を立ち上げるのさ。君はそこで思う存分腕を磨いて、暴れればいい」
「私は悪い子なのに?」
「ふふふ、さっきから質問ばかりだね。善人か悪人かなんて、大した問題じゃないのだよ。君の才能はこんなところで終わらせてしまうには、余りにも惜しい。大事なのはそこなのさ」
 輪廻は鏡の才能を、秘められていた狂気も含めて認めている。鏡にはそれが何より嬉しかった。鏡は初めて真の意味で、自分を理解してくれる者に出会ったのだ。
「でも……」
「でも?」
「それじゃあ、正義って何なの?」
 鏡は幼稚園でも屋敷でも、誰かに否定されるまでは自分が正義の味方だと思っていた。ヒーローになれると信じていた。
 しかしどちらの事件でも、鏡は正義の行為を否定さている。鏡からすれば正義は行動原理であり、自分の理想像であり、理念だった。
 唯一鏡を認めた輪廻は、そもそも善悪など求めてなどいない。むしろ、善悪に基準を置いてなからこそ、輪廻に自分の下へ来いと誘われたのだ。
 否定されたのは正義じゃなかったから。救われたのは正義がどうでもよかったから。
「私は正義のヒーローになりたかったのに」
 テレビのように弱きを守り強きを挫いてみせたら、誰からも見て見ぬふりされて、閉じ込められた。
 父の教えを信じ、己の力を示しながら成果を披露したら、危険な異端として処理されてしまう。
「誰も誰も誰も誰も誰も、私を正義と認めてくれなかった。ねぇ悪い人をやっつけるのが正義じゃないの? 強いことが正義じゃないの? 私はどうすれば正義になれるの?」
「それは自分で探しなさい」
 輪廻は答えなかった、正確には教えなかった。
「いいかい、鏡君。この世の中にはね、君が思う以上に沢山の正義が転がってるのさ」
「正義は、正しいことじゃないの?」
「ふふ、その通りだ。しかしその“正しい”がいくつもあるんだ。その中からどれを選ぶかは、君の自由だ」
 世界の“正しさ”は一つではない。誰かの掲げる正義が、また他の誰かにとっては悪であるかもしれないし、逆もまた然り。
 普通の人ならば当然だろうと思う事柄でも、まだ六歳の幼子である鏡には難問であり未知の思考だった。
 輪廻にも、輪廻が貫く正義という思想ならばある。鏡の問いに答えようと思えばできただろう。だがそれはやはり、輪廻が想い描く、輪廻の正義でしかない。
「だから君は、君の正義を探しなさい。誰かに教えられる正しいではなく、自分で見て、自分が感じて、自分を貫く正義を見つけるんだ」
「いじわるね。よくわからないわ」
 ほとんど直線的に狂って生きてきた鏡には、輪廻が語る自分で探すという意味がいまいち理解できない。まるでなぞなぞの答えを上手くはぐらかされたように感じてしまう。
「今はわからなくても、君にならできるさ。直感だけで修羅になれる君だからこその正義を、是非私に見せてくれたまえ」
 感覚で真っ直ぐに正義を実行し、正義のためなら容易く狂えてしまえる。
 いくら幼くとも、相手が泣けば罪悪感は湧くはずだろう。まだ六歳と言えども、管理局の息子である鏡が人を殺せば罰せられるくらいの知識を、有してないわけがない。
 にも関わらず、正義のためになら社会性すら無視して壊して殺せる。その余りに純粋すぎる加虐性と正義への憧憬を、輪廻は鏡との会話から感じ取っていたのだ。
「ねぇ、なら見つけた正義で私は貴女を殺してしまってもいいの?」
「分からないと言いつつ、いきなりのギアを最大限にまで上げた突飛っぷりが、実に君らしいね」
「だって私はいつかきっと、貴女よりも強くなって、貴女を殺してしまうわ。いいえ、絶対に殺してみせるわ」
 今の鏡には、正義とは何か分からない。それとは別にもう一つ、鏡の中に生まれていたものがあった。
 黄泉塚輪廻のように輝きたい。黄泉塚輪廻を超えてみたい。
 正義が沢山あると言うのなら、その感情にも正義が宿っているかもしれない。その結果として輪廻を殺めるのなら、それは正義のための犠牲だ。鏡が花畑に咲かせた花達と、何も変わりはしないだろう。
「ふふん、君は私の部下になるんだ。それくらい成長してもらわないとね」
 輪廻は部下に誘ってる少年の殺人予告を聞いても、自分の姿勢を変えない。どころか、さも当然だと言わんばかりに腕を組み脚を重ねて、雄雄しく堂々と構えている。
 なんて大きく、そして広いのだろう、と。そんな輪廻の姿が、鏡にはこれ以上なく雄大にして偉大な王として映っていた。
「いつか私より強くなり、君が私を殺せたならば、この黄泉塚輪廻がこれまで築いてきた全てを君に譲ろう。どうだね、そろそろ私の部下になるか、答えを聞かせてもらえるかい?」
 輪廻の誘いからずっと鏡は色々と問いかけてきたが、最終的な回答など初めから一つしかなった。
「はい。私は貴方、黄泉塚輪廻さんと共に、歩みます。そして私は、貴方を越えるヒーローになるわ」
 鏡は決心していた。輪廻の下で、更に強くなろうと。強くなり、誰よりも強くなり、いつか輪廻を越えて高みへと上る。そこにはきっとこの世のものとは思えないほどの、美しい何かがあるに違いない。
「よろしい」
 決意に満ちた鏡の目を見て、輪廻は満足げに頷いた。期待通りの答えが聞けたと、そういう顔である。
「ああそうだ、地下の花畑についてなのだが。私の研究所まで持っていくかね? それならそれで準備しようと思うのだが」
 輪廻がふと思い出したように、そう聞いた。
 もしかして、お花畑があったから研究所とやらではなく、私をここに寝かせて起きるのを待っていたのだろうか。そう思いつつも、鏡は首を横に振った。
「いいえ、あのお花畑はここに置いていこうと思うの。これからは、私自身が華になるから」
「そうか」
 花を作るではなく、自分が華へと昇華する。鏡はこらからの人生を注ぎ込み、自分という作品を作り上げて磨きぬこうとしていた。鏡という芸術家が生み出す作品の最高傑作は、自分自身であろうと決めたのだ。
 鏡の予測通りなら輪廻の行動に一部無駄が発生したのだが、そんな様子はどこにもなく、むしろ輪廻はどことなく嬉しそうに鏡を見ている。鏡もその笑みに釣られて、共に微笑みあった。
「うふふ、突然私の前に現れた人が、私が望んでいた新しい世界に連れ出してくれる。まるで詩(うた)みたい」
 鏡というかごの中にいるお姫様を、輪廻という白馬に乗った王子が外へと連れ出す。鏡の中ではそういうイメージであり、現実と照らし合わせるとむしろ齟齬だらけで事実の方が少ないのだが、輪廻は突っ込むどころかそれは本当に素敵だと話を繋げてしまう。
「詩か。それはむしろ、私達がこれから奏でていくのさ。そうだね、詩人という意味から取った、トルバドゥールというのはどうだろう」
「どうだろうって、何が?」
「私達が奏でていく組織の名前さ」
「まぁ、それはさらにとっても素敵ね」
 このやりとりこそが、後の世で次元世界を大きく震撼せしめる犯罪組織トルバドゥールの誕生。その瞬間だった。

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