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オリジナル短編 『それが彼女の希望だった』

 僕と彼女のターニングポイントはあの日だった。
 高校の帰り道、いや正しくは校舎から出て正門を抜けたところで、僕は彼女と出会ったのだ。
 僕が偶然忘れ物を思い出して校舎を振り返った時、少女は学校の屋上に立っていた。靴を脱いで白い靴下を見せながら。
 自殺。そう直感した僕は、その瞬間駈け出していた。
 もう間に合わないかもれない。それでも僕は諦めたくはなかったから。
 遠くて彼女の顔は見えなかったし、どうしてあんなことになったのかもわかりやしない。それでもあれは駄目だ。認める訳にはいかない。
 そんな気持ちが僕を突き動かして走らせる。
 そうして屋上に着いたときには息も絶え絶えで、しかし彼女はまだそこにいた。いてくれた。
 それだけで胸がいっぱいになったけど、まだ安心しちゃいけない。本当に大変なのはここからなのだから。
 意外なことに少女は僕のクラスメートだった。僕は彼女の名前を呼んで叫んだ。とにかく叫んだ。それだけはやっちゃいけないことなんだよって。力いっぱい、彼女を止めるために。
 正直、あの時の僕は勢いだけだった。よくもまぁあんなデタラメをやったもんだと思う。
 彼女は「もう生きる気力が沸かない」と言っていて、僕はそれをとにかく否定した。死のうとする少女の意思をなんて言って否定したかも今となってはよく憶えてないけど、確か、死ねばここで終わりだけど、生きてさえいればまた幸せになれるかもしれない。大切な人が出来るかもしれない。そんな内容だったと思う。
 僕がなんて語ったかなんて、そんなのはどうでもいい。大事なのは、それで少女が自殺を思い止まってくれたことだった。
 まだその時の彼女に生きる気力は見えなくて、足元もおぼついてなかったけど、生きてくれてありがとうと僕は少女に言った。

 とにかくその場はなんとか収まったけど、彼女のことはまだまだ心配だ。そうしてことあるごとに僕は少女へ話しかけるようになった。
 あの日のことは誰にも話さなくって、少女も表面上は普通に振舞っている。元々影のある子だったから、沈んだ様子でも周りに彼女を気にかける人はいなかった。僕を除いて。
 だから他のクラスメート達はやたらと少女に積極的な僕をからかうようになったけど、僕はそんなの気にせず彼女と話す。色んな事を、ちょっとずつでも少女がどうして苦しんでるかを教えてくれれば、何かの力になれるかもしれない。そうじゃなくても、どうにかして僕は少女を元気付けたいと思ったのだ。
 ほんの僅かでも、少女が持ってる苦痛を僕にも分けてほしい。
 ある日、苦手教科の宿題を手伝うという口実で、僕は少女を自分の家に呼んだ。本当は学校より二人きりになれる家の方が、話しをしてくれやすいかもと思ったためである。
 女の子を家に呼ぶなんていつもの僕じゃ考えられない大胆さだけど、下心があったわけじゃない。
 僕の部屋で一つのテーブルを二人で囲み、宿題に精を出す。予定通りだけど想定外に少女はいつも通りだ。
 どうしよう、どうすればいいんだろう? 勢いだけで無計画な自分を恨んだ。
 僕が困り果てた時、妹が部屋の扉を叩いた。まだ五歳で幼稚園児の妹が、やたら危なげにお盆にジュースを乗せてやって来た。
 大方母さんが飲み物を運ぼうとしたのを「わたしがもってくのー」と強引にお盆を奪ってきたのだろう。
 ちょっと雑だけどテーブルにコップを置いて、妹は少女に舌っ足らずでやたらな元気な挨拶と自己紹介をする。
 どことなくこういう無為に騒がしいのは苦手そうだな、なんて思い少女の顔を見る。そして僕は驚愕した。
 あの屋上での自殺を止めて以来、初めて少女が微笑んでいたのだから。
 そして少女も妹に自己紹介を返して、妹に質問責めにされていた。
 「きょうはどうしておうちにきたのー?」とか「ぷりきゅあってしってるー?」とか、そんなどうでもいいものばかりで、しまいには「おねえちゃんて、おにいちゃんのがーるふれんどなの?」とか言い出し始める。
 少女を笑わせたのは大手柄だけど、それは調子に乗りすぎだ。
 宿題の邪魔だとやっと妹を追い出して少女に謝ると「ううん、私も楽しかったから」と社交辞令で返してくれた。その優しさを申し訳ないと思いつつ、同時に嬉しいと思える。そんな自分をどこかに見つけた。
 そこからは元通りになって、あまり会話もなく終わってしまう。
 なんだかやっぱり少女を呼んだのは失敗だったと思ったけど、彼女は帰り際に「また来ても良いかな」と言ってくれて、僕はすぐさま「もちろん!」と答えていた。

 少女が僕の家に来て以来、僕らは少しずつ打ち解けていった。
 初めは生気の感じられなかった少女の顔に時折浮かぶ笑みが、僕はたまらなく嬉しい。一緒に過ごす時間が増えるほど、笑ってくれる頻度も増えていった。
 少女は時折家にやってきては二人で宿題をして、その合間に妹の世話までしてくれる。
 妹も少女が気に入ったらしく、彼女が家に来る度にじゃれついて甘えていた。
 そして少女の帰った後は決まって僕に「おねえさんつぎはいつくるの?」と聞く。そのことを少女に話すと彼女も喜ぶ。
 その内に勉強の名目さえなくなり一緒にどこかへ遊びに行くここともあって、いつの間にかそんな日々が僕の中で当たり前となっていた。
 この子は本当に優しく良い子で、どうして少女が自殺なんてしようとしたのか、そんなに追い込まれてしまったのかわからない。
 そして日に日に元気になる少女に、過去の傷について聞くのもはばかられるようになっていた。
 少女の今が幸せなら、昔なんてどうでもいいじゃないか。僕はそう思い、少女がずっとこのまま笑顔で過ごせますようにと願うようになる。
 そうしてやっと気付いた。僕はいつの間にか、あの少女を好きになっていたのだと。

 僕は本当に迷った。少女にとってはこのままが一番幸せなんじゃないか? 僕のやることで、少女の幸せを壊してしまうのでは? また少女が笑わなくなってしまったらどうしよう。
 そんな恐怖と不安が何度も僕の心を締め付けたけど、だけど、それでも僕は自分の心に沸き上がるこの感情を抑えきることなんてできなかった。
 あの日だって、全力で走って少女に自分の思いをぶつけたからこそ、こうして今があるんだ。
 新しい道を切り開くには、僕自身が一歩を踏み出すしかない。
 僕は少女の誕生日プレゼントを買った。この前少女と一緒に買い物へ行ったとき、彼女がずっと見ていたハンカチで小さい女の子のプリントがされている。
 ちょっとしたブランドらしくそれなりに値は張ったけど、それくらいで少女が喜んでくれるなら本望だ。
 少女の誕生日に渡したい物があるんだと伝えると、少女は二つ返事で僕の家に来てくれた。
 僕がプレゼントを渡すとその場で開け、すごく喜んでくれて、思わず僕の頬も緩んだ。
 だけど、本当に重要なのはここからなんだよ。
 僕は気を引き締めて少女の名を呼び、大事な話があるんだと伝える。少女は少しびっくりしたようだけど、真面目な顔になってどうぞと、答えてくれた。
 そして僕の気持ちを吐露していく。
 ずっと心に秘めいていた、一番純粋で大切な心からの言葉。
「いつからかはわからないけど、気が付くと僕は君を好きになっていました。僕と付き合ってください」
 言った。言ってしまった。何一つ混じりっ気の無い、真心の言葉。
 だから、恐くはあるけど、後悔はない。
 少しの沈黙の後、少女は告げた。
「ごめんなさい」
 僕がどういう顔をしていたか、自分でもわからない。自分が自分でないように、足下から崩れてしまいそうな、これをきっと人は絶望感と言うのだろう。
「あなたには本当に感謝しているの。あなたがいなかったら、私はきっとあの時死んでいて、また笑えることもなかったと思う」
 きっとこれも少女の本心で、僕がやってきたことは無駄ではなかったのだと思う。けれど、この現実を受け止められる程の強さを、僕は持ち合わせていなかった。
「けどね、私は他に好きな人がいるの」
 少女にはもう、僕より大切な人がいたのだ。もしかしたら、その人が少女が自殺しようとした原因なのかもしれないな、なんて他人ごとみたいに僕の脳味噌は考えていた。
 けれども、ここからのこれは僕の人生史上最も意外な話で、僕は自分が振られたその日に少女が好きになった人を知る。
 その人は、彼女よりも僕の方がずっとよく知っている人物だった。
「初めて会った時から大好きです。私とお付き合いしてください!」
 少女は僕と同じで、好きな人に自分の想いを告げるためここに来ていたんだ。そりゃあ僕の誘いをあっさり受け入れるはずだよ。
 僕は少女の頼みによって、その現場に立会い同席している。
 自分が振られたそのすぐ後に、その人が別の誰かに告白する。良い気分なんてするわけないけど、後見人として僕に見届けてほしいとどうしても頼まれてしまい、断れなかった。
 いや、それは少し違うか。頼まれなくても相手を知れば、僕は黙ってなどいられなかっただろう。
「おねえちゃんなら……いいよ」
 だって、少女が本気で恋をした相手は、こともあろうか僕の妹だったのだから。
 なんで? どうして? これって現実なの?
 両手を後ろに組んでいる妹は、恥ずかしそうに身体をくねらせながら、でもあからさまに嬉しそうな様子で少女の想いを受け止めた。
「本当に……?」
「だって、わたしおねえちゃんのこと、だいすきだもん! はい、これたんじょーびぷれぜんと!」
 絶対ことの重要性をわかってない妹は、両腕を前に突き出して少女にプレゼントを贈る。それは桃色の折り紙で作られた鶴だった。
 折鶴はくしゃくしゃの皺だらけだったが、妹が心を込めて折ったのはわかる。それを受け取った少女は緊張が緩んだのだろう、妹に抱きつき、声を上げて泣き始めてしまった。
 少女も自分がどれだけ無茶苦茶をやっているかは理解していたのだ。そうでなければわざわざ妹の保護者として僕をここに付き合わせたりはしない。
「あらあら、おねーちゃんはなきむしさんね」
 妹は何故かませたような口調になって、というかあれはお母さんの真似なんだろうけど、少女の背中を優しく叩く。
 それを傍観者として見ていた僕は、ただただ何も出来ず、以前の問題として現実を受け止められずここで呆然と二人を眺めいているだけだった。
 ただ一つわかってるのは、好きになったクラスメートの女の子を、幼稚園児の妹にとられた奇想天外に哀れな男がいる。まごうことなき僕だった。

 気が付けば次の日になっていて、その間のことはよく覚えていない。頭に霞がかかったようで、雀の鳴き声が耳に入りようやく今が朝だということを認識していた。
 もうこのまま何もしないで布団を被っていたかったけど、僕は最後の気力を振り絞って学校に行く。少女と話をするためにだ。
 放課後、屋上で僕は少女のこれまでを聞いた。
「私ね、小学校五年生くらいからかな、女の子が好きになったの。ただ女の子と言ってもね、なんていうかちっさくて柔らかそうな女の子にすごくドキドキするんだ。それでね、自分も小学生の頃はクラスの女の子はほとんど小さくて、とってもとっても素敵だった。中学生になると皆大きくなっていて、それでもなんとか耐えられたんだ。けどもう高校生になったら駄目だった。周りには成長した女の子しかいなくって、生きてる気力も失っちゃったの。そこで君が現れてくれて、私を救ってくれたの。生きてさえいればまた幸せになれるかもしれない。大切な人が出来るかもしれない。それは本当になった! 君の望む好きではないけど、私は君のことが大好きだよ」
 彼女の話が終わるまで、僕は何も言わなかったし、言えなかった。マシンガントークだったし。二日連続でどうしようもない、本当にどうしたらいいのかさっぱりわからない感覚に襲わたけど、この現状を作ったのは間違いなく僕自身だ。
 こんなことになったからって、少女を助けなきゃ良かったなんて思えないし、少女が幸せになってくれたのだって嬉しい。だけど今の現実を直視しろというのはあまりに酷じゃないだろうか?
 ああ、この後は下校時刻になるまで、少女に僕の妹がいかに愛おしいかを語られ続けられました。会話の相手がいるのに相槌すら必要ないってのは凄いね。
 それから少女は毎日我が家へ来るようになり、いつの間にやら少女が僕をお義兄ちゃんと呼ぶようになった。
 初めてそう呼ばれた時は背筋に悪寒が走り抜けて、だとしても少女に容赦などなく、今の僕はだいたいこんな状況である。
「あーんもうホントにかわいいなぁ!」
「僕の妹に触れるんじゃない」
「なんでー、というか私も妹だよお義兄ちゃん?」
「僕は君を妹と認めたわけではないぞ」
「えーん、お義兄ちゃんが虐めるよー」
「いもうとをなかしちゃだめでしょ。だいじょうぶだよ、おねーちゃんはわたしがまもるから!」
「わー、かっこいい! 惚れ直しちゃう!」
「え、君受けなの!? 幼稚園児相手に守られちゃだめだろ!」
「受けとか妹よくわかんなーい」
「なーい!」
「嘘吐け! 僕の部屋をエロ本の隠し置き場にしてるくせに。というかお前も真似するな」
「な、何のことかなー?」
「しらばっくれるなよ、僕の部屋に見覚えのないロリ物のエロ本が増えているんだよ。そもそも何で僕の隠し場所を把握してるの!?」
「うら若い乙女の部屋にあんなのあったら、見つかった時に大変なんだよ」
「うら若い乙女があんな本買うな! それに見つかったら僕だって大変だ!」
「性欲を持て余す」
「最低だよ! やっぱり僕の妹に近寄ることは許さない!」
「さて、そんなことよりお風呂に入ろう」
「おねーちゃんとおふろー」
「こら、もう会話の流れで下心が丸見えじゃないか」
「そうさ私は丸見えな裸をみたい! だけどそれ以上に見られたい!」
「痴女だー! 痴女がここにいるー!」
「でも泡で大事なところだけ際どく隠れてるのも、そそるよね」
「開き直っちゃった!」
 こうして僕の毎日はあらぬ方向に加速してしまった。途中何度もクラッシュしたってブレーキを踏まずに走り続けている。
 どうしてこうなってしまったのか僕にもわからない。むしろ僕が一番知りたい。運命の神様っていうのは碌でもない性格をした奴だね。
 僕は今も隣でどこでどう仕入れたのか妹と同じスモックを着ながら、やたらと妹に抱きつきたがる少女に目を向けることができない。妹の胸に手を回し、彼女の緩んだ口元から垂れるよだれなんて見えてないんだらな!
 少女にとっての生きる希望は僕の妹で、幼女だった。

【三題噺】少女・幼女・痴女

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