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サイキックハーツ 『無常拓馬のとりとめもない遺言状2』

 前回の続きだ。キリもよかったし日付をまたいだので、ページを変えてみた。
 ついでに話題も少し転換してみよう。
 この世界における善悪の基準とはなんだろうか。
 善悪論を語り始めそうな出だしにしてみたが、特にそういう意図はない。

 ただ、それでも俺は悪だろう。
 もう元が頭に付くが、俺は殺し屋だった。
 利己的に、利益を得るため人を殺す職業だ。
 世の中、こういう反社会的な行為を悪と判定する。
 日々の糧を得るためではあるし、そもそも幼少からそういう教育を受けて育ったのだから、ある意味是非もない行為ではあったが――それでも同族殺しは悪だ。同族を殺して私腹を肥やすのは悪徳だ。

 などと、クラスやクラブの連中に言ったらどういう顔をするだろうか?
 今の輪を壊す気などさらさらないので現実に聞くことはまずないが、苦い顔をされることうけ合いだろう。
 殺人鬼というルーツは存在しても、俺みたいな本物の人殺しは、悪は、意外と少ないのだ。
 そのくせ、今の俺が目指しているのはヒーローだった。
 正義をなしてみたいと思うが、それで自分の悪が赦されるとは初めから思ってない。
 ただなってみたいだけだ。

 子供の頃から、テレビはよく観ていた。
 変に高い立場だったのと殺し屋という職業の合わせ技で、遊ぶ相手に困っていたから、友達はテレビと漫画だった。愛と勇気だけが友達のヒーローよりも淋しい子供である。
 俺の感性は、あまり殺人鬼らしい快楽的なものには染まっていない。
 人を殺すことに躊躇はないが、殺せばその数だけ、面倒なしがらみが増えるから、できるなら殺したくないとさえ思う。
 悪にも色々と事情や種類はあるのだ。

 少なくとも、俺が観ていたテレビ番組は悪を根絶する正義を描いていた。
 殺すくらいなら救う方がいいに決まっている。ソッチの方が、面白いし、充実感もある。
 子供心に、成敗される悪より、人に誉められ求められる正義になりたいと思った。
 テレビが友達過ぎたので、その意志は今も続いている。
 それが俺のヒーローを志望する理由だが、夢に向かい邁進したところでやはり俺が悪なのは変わらない。

 俺が住むクラブ寮『世紀末荘』の部長、ゴンザレス・ヤマダは、かつての闇堕ちによる殺人の償いとして、この学園に入ったのだという。
 あいつは自分を赦されてはならない存在だとして、戒めのために、あんな冗談みたいな格好をしているらしい。
 ――俺は赦されてはならない。
 そんなことをのたまっている時点で、あいつは奥底で赦されたいと思っているのだ。赦してほしいと願っているのだ。
 ダークネスの時に犯した罪が、人間の時に問われるべきなのかは別として、ゴンザレスは赦しを求めて茨の道を歩いている。
 救うことが贖罪だと考えているのだ。

 本当にそうだろうか?
 救えば赦されると思っている人間は、人の命を救うことがプラス、奪うことをマイナスとして、プラスがマイナスを凌駕すれば赦されると解釈しているのだろう。
 俺には、それが納得できない。
 命を奪った手で、命を守ったとして、奪ったことが赦されるのか。
 ならばそれは誰に償っているのか。貰えるのは、一体誰の赦しだ?
 人間は死ねば終わりだ。
 終わった相手に赦しをもらえるなんてことは、絶対にあり得ない。
 何事にも永遠や絶対はないと言われるが、俺達が人間である限り死だけは永遠で、どうしようもなく絶対的だ。
 救った誰かの命は、奪った誰かの命の代替にはならないのだから。
 一度でも奪った者は、永遠に奪う者を背負い続けなければならない。
 人であれ、動物であれ、灼滅者であれ。

 俺は誰かに自分の殺人を赦してほしいと思ったことはない。
 初めから赦されると考えてなどいないから。
 ただ、積み重ねるだけだ。
 殺しの上から、救済を重ねていくだけ。それが殺人鬼・暁拓馬から引き継いだ、ヒーロー・無常拓馬のやるべきことだ。
 そして、赦されないから、俺は殺される。
 奪った俺は、いずれ奪われる。
 それは悪行でも善行でも同じこと。
 赦しはなくても、罰はあるのだ。
 正義であっても、罪はあるのだ。
 そういえば、紫乃は何故ヒーローになろうとしたのか。
 あいつは無邪気な邪鬼みたいな生命体だから、赦しを請うなんぞ考えもしないに違いない。
 今度、暇つぶしに聞いてみるのもいいかもしれないな。

 さて、随分と回り道をしてしまった。
 別に急ぎの遺言状でもないからいいのだけど、書きかけで死んだら、その時はそこで完結だ。ジ・エンドというやつだ。
 それでも話に意味が必要だとは思っている。
 ここで俺が言わんとしていたのは、俺は人殺しが好きではないという事実だった。
 戦うための技を覚えるのは嫌いではない。
 けれどそれは殺すためではなくて、その行為そのものが目的に近かった。
 格闘家だって、暴力を振るうためだけに技を覚えるわけじゃないだろう。
 殺人に罪悪感はなくとも、好き好んで殺人鬼をやりたいと思っていたわけではない。
 やりたくもないことを強要されるのは、苦痛として訴えるに足る理由だった。

 紫乃は殺人を飽きたと言って家を出たらしいが、俺は殺人なんてしたくないから家を出た。
 その結果のヒーローなのだから、やはり俺は、ただ自分のやりたいことをやっているだけに過ぎない。
 俺のヒーローは使命ではなく、趣味だ。
 俺にとって人助けはヒーローではなく、探偵だ。
 人によっては偽善者呼ばわりするだろうが、俺は偽らずに悪なのだから、それは間違いというものである。

 そもそも俺がダークネスを始末しているのは、ヒーローになってからというわけじゃなく、暁の頃――殺し屋時代からだ。
 特に俺はそっちの方が成果も出ていたので、一族の中で請負う件数も多めだったのだが、暁一族は誰もがダークネスの退治も請け負っている。
 同じ仕事をしていた者に改めて言うのもどうかと思うが念のため、俺達灼滅者はただ暮らしているだけでも段々とダークネスに近付き、最後には闇堕ちしてしまう。
 ただでさえ紫乃はその才能が強過ぎたがために、幼少(今もだが)からその力を抑えこむためチョーカーを付けている。
 お揃いで俺も外見上は同じチョーカーを付けているが用途が違う。これの説明は後日にするとして、それだけ俺達は不安定な存在なのだ。
 そしてこの衝動を抑えるために、ダークネス狩りが必要となる。同じ闇の存在である奴らを殲滅することにより、俺達の衝動を癒すことが可能なのだ。

 真心でどれだけ平穏を願っても、裡で蠢く闇はその開放を待っている。どっちも真理で両者は分かちがたいのだ。
 しかもその力を小出しにして利用しているのだから、危険でないわけがない。
 逃げ場はない。
 逃げるつもりもないけども。
 一度目覚めてしまえば進むだけ。
 それが俺達灼滅者という異常者に与えられた、光を求める片道切符。
 闇が俺達を食い物にするように、俺達も闇を糧にせねばならない。
 全く、良くできた関係じゃないか。

 少しばかり話を巻き戻すが、俺は人を殺しよりも、闇殺しが得意だった。
 正確には、ダークネス退治の方が精力的に任務をこなしていたので、いつしか優先的にこっちの仕事を割り振られるようになったのだ。
 それに、無能とはいえ次期当主である俺が闇堕ちしないためというのもあったのだろうことは、想像に難くない。
 それこそ、当時は俺専属のエクスブレインがいた程だ。
 こいつがいなかったら、こいつが死ななかったら、俺はまだ暁家で子飼いにされていたかもしれない。
 それだけこいつは、俺にとってこいつの存在は重要で、無常拓馬における大きなターニングポイントだった。
 あいつが俺の鎖だったのか、それとも最後に残った暁家への良心だったのか、その内それについても振り返らねばならない。
 この話無くして、無常拓馬は始まらない。

 さて、これから依頼に出るので、今日はここまでだ。
 それと、昨日の内容で依頼が増えていると書いたが、実際にはこれが学園に来て初めて受ける依頼だ。
 いきなり事実を偽っていると言われればそれまでなのだけど、あれは多少なりとも先を見越してのことだと思ってほしい。
 この遺言状をまとめ終わった頃には、それなりの依頼をこなしているだろうという予測の元に書いたのだった。
 それじゃあ、生きて帰ってきたなら、続きはまた後日。

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