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サイキックハーツ 『無常拓馬のとりとめもない遺言状3』

(この話は、シナリオ「犬食い罰子のアンダーランド」の後日談となります)

 前回から、思っていたよりも日が開いてしまった。
 今回受けた依頼における、戦後処理に追われていたのだ。
 具体的に何をやっていたのかは後で記すとして、まずはその報告としよう。
 結果から言うと、依頼は無事成功した。
 大きな負傷をした者もいない。
 ただ、それは外面的な話だ。
 内面に置いては、参加した八人のうち、大多数は癒し難い傷を負っただろう。
 それだけ悪辣な闇と対峙し、そこには形ある悪夢の舞台が展開されていた。

 何が起きたのかを事細かに記述する必要はないにしても、枠組みくらいはないと資料として成立しないので、簡単にまとめる。
 今回の依頼は、「ソロモンの悪魔」、鉢貝罰子の灼滅。
 こいつはソロモンの悪魔でも、少々変わり種の生活を送っていた。
 対象者である十代の少女を殺さず、地下室に監禁して世話する。
 字面にすると希にみる拉致監禁事件だが――それだけでも十分凶悪犯罪であるものの、被害者は四つ這いで餌を与えられ、さながら本当の家畜みたいに飼育されているのだ。
 まさに悪魔らしい所行だった。
 実に人でなしの俺が絡む初依頼に相応しい、人でなしの事件じゃないか。
 人畜の悪魔を、鬼畜が狩るというのも悪くない。
 そう考えて、俺はこの依頼を受けることにした。

 実際、罰子は悪魔じみた女だった。
 その姿は妙齢の女性を保っているが、彼女の双眸は、人間を踏み外したもの特有の暗澹を宿していた。
 人を殺めることに一切の躊躇を捨てられ去った者の目だ。
 俺はこの目を知っている。
 俺はこの目をよく知っている。
 まだ暁を名乗っていた時代、俺の周りには、この目をする者で溢れていたから。
 この目をする者と対峙したら、殺さねばならない。さもないと自分が殺される。
 もっとも、この点においては俺の杞憂だった。
 罰子は、殺意を抱いていても、戦意を捨てていたから。

 奴は気怠そうで戦闘のほとんどを飼い犬に任せきりにし、自分から気紛れにようにしか攻撃せず、命を狙う相手にまるでやる気を出そうとしない。
 飼い犬を盾に、飼い犬を武器に、それだけの女だった。
 女王らしからぬ怠惰で、女王らしい傲慢だった。
 その妥当な落ちとして、自らを守る飼い犬を失っても、罰子は変わらない。
 ほとんど無抵抗に、なすがまま。
 死を直前にしてもなお、その態度は変わらない。
 だから俺は質問した。
「自分を守ってくれる可愛い犬達は全滅したけど、どうする?」
 と。
「あんたが守るのは自分のプライドか? 可愛いペットか? それともただ生きたいだけかい?」
 俺は知りたかったのだ。この女の、悪魔のような悪魔の本質を。
 そして、ブレない悪魔は答えた。あいつが欲した、堕してまで欲したその核。
「奉仕精神」

 その直後に、罰子は灼滅された。
 終止あの女はこうで、終死まであの女はそうだった。
 罪子の精神はもう、あいつにしかわからない何処かに行き着いていたのだろう。ソロモンの悪魔となって、こいつの意志は完成して、完結してしまっていたのだ。
 こうして、俺達はダークネスに勝利した。ほとんど完勝だったと言っていい。
 しかし俺達にできたのは、「勝つこと」だけだった。

 人の善意を呼び起こすサイキックを使用しても犬達に変化は起きず、彼女達は重ねた年月を全て捨て去ったかのような、空洞の笑みを浮かべるだけ。
 失った、のでなく、捨て去った。
 これは彼女達が望み、選んだ生き方なのだ。
 ダークネスではない俺達には、歪まされた道を正す力はあっても、人の生き方を矯正する権利はない。
 人ではなく、犬だけど。人でなしの犬でしかないけれど。
 彼女達はダークネスの闇ではなく、自分の闇に堕ちることを受け入れた。
 罪子の犬であり続けることを望んだ。
「奉仕精神」
 この時点で予想はできていたが、確かに彼女は守った。
 自分を愛し心まで捧げた、そして自分が愛した犬を守り抜いた。
 もう還元されることはないだろう彼女達の心が、罪子にとっては勝利の証だったのだ。

 十匹の番犬を殺し。
 一人の主を殺し。
 残った二十の犬はそのままだった。
 今回の目的はソロモンの悪魔を灼滅すること。そこに少女達の救助は含まれていない。
 故に、この場において、俺達はこのまま引き上げる他なかった。
 俺達は灼滅者であって警察ではない。
 俺も犬の一匹の口に名刺を咥えさせて、地下室を後にした。

 流石にこの犬が俺に仕事をくれるわけはない。だからこれは俺なりの感傷だ。
 あの犬達を人間に戻せなかったことに対してではない。
 こんな自我を捨てた犬よりも、罪子と話をしたかった。
 この女の異常性は、もしかしたら、俺が欲しているものかもしれない。
 俺が欲している強さだったのかもしれない。

 人の強さは意志の強さだ。
 生きたいという意志。
 勝ちたいという意志。
 それらが精神を支え、苦痛や恐怖を乗り越える力を与える。
 意志が人を造り出す。
 そこに善や悪なんてものは存在しない。
 罪子は、生も勝利も追わなかった。
 しかし、死ぬ寸前まで自分を変えなかった。腕を切り落とされ、死を実感できる位置にまで追いやられても、ただ面倒そうな顔をするだけだった。
 その気だるさには、どれだけの鉢貝罰子が詰まっていたのだろう。
 死ぬ寸前に、何を想っていたのか。
 俺は知りたかった。

 そう考えると、あの女をここで終わらせてしまったのは、とても惜しいことのように思えてしまうのだ。
 とは言え、現実的にダークネスとの会話を成立させることがまず高難易度であり、俺は『無常拓馬』であり続けることが至上としている。
 ならば、罪子との会話は初めから成り立つわけもない。悔しがるだけ無駄なのだろう。

 それに俺達が罪子に『してやられた』というのも、また事実だ。その借りを返してやりたいという気持ちもある。
 俺は俺として、この事件に別方向の幕引きを作ることにした。
 奴の意志を俺は評価するが、尊重してやる義務はない。
 感傷ではなく、前に進むのが無常拓馬という人間の在り方だと、俺が決めて、俺が選んだ。

 他の灼滅者達と別れた後、俺は一人で地下に戻った。
 そしてそこにいる犬達の写真を撮り、部屋を調査して身元の判明に繋がりそうな物を調査する。さらに寮には戻らず事務所に寄って、彼女達の個人情報を探しにかかった。
 あくまでこれは俺が依頼に対しどう動いたか、が内容の対象となるので、どう捜査したかについては省略する。

 とにかく、俺は次の日まで費やし調べられるだけ、犬達の情報を入手した。
 ペットがまだ少女だった時代を掘り返したのだ。
 俺は灼滅者であって警察ではない。だが探偵だ。
 バベルの鎖があったため、多少情報は得にくいし、本当ならもっと日数をかけて細かく個人情報を入手したいのだが、今回は時間がない。

 俺は彼女達の情報から探りだした中から一人を選び、少女の両親へ連絡を取った。
 俺が電話をした少女の母親は、それはもう取り乱していた。
 無理もない。罪子にかけられたバベルの鎖が消失して、娘のことを思い出したのだ。
 しかも失踪からは時間が経っている。家出を通り越した立派な行方不明事件だ。
 俺が探偵のルートによって少女の家出を知っています、こちらで捜査させてもらえないでしょうか。
 そんな風に営業をかけたら、母親は一も二も無く俺へ娘の捜索を依頼した。もちろん、『俺がそういう親を選んだ』というのも大きい。

 後はまた時間を空けて娘の居場所がわかりましたと連絡を入れただけで、依頼は達成された。
 この捜索時間として開けた空白の期間も含めて、俺は警察より先んじて娘を発見したことにしなければならなかった。
 マスコミやネットでいくら叩かれていても、警察の組織力は侮れない。
 だが、発見までやりきってしまえば、それで俺の勝ちだ。

 警察よりも迅速に少女を見つけた俺は、通常なら第一被疑者としての扱いを受けるはずだろう。
 しかし、ダークネスの悪事を隠蔽するバベルの鎖による効果は、俺にも等しく作用する。
 特に深い追求を受けることなく、俺は自由の身となり、成功報酬はしっかりと手に入れた。
 他の娘の家族にも複数同時に営業をかけても問題なくやり過ごせたのだろうが、そうまでして金銭を得ようという強欲さの持ち合わせはない。
 あくまで俺は一探偵としての範囲で、ペットの身元を探し出し、対等な報酬を得ただけ。そういう落とし所として、自分の中で辻褄を合わせた。
 このやり方を不正だとして異議を唱える者も少なからずいるだろうが、俺は自分が納得できればそれでいい。

 俺は『正義のヒーロー』を楽しみたいと思っている。
 けれど、『正義の味方』という趣味に熱を入れるには、まず趣味を含めた生活費を手にしなければならない。
 そういう観点からも、今回の報酬は有意義に使わせてもらうとしよう。

 最初に書いた『戦後処理』がこの一連の流れであり、こちらを優先にして、ついさっき仕事をやり遂げた。
 俺は無事犬を元来の保護者へ引渡し、懐を温め、そのレポートをまとめていたのだ。
 これで、俺なりに罪子に対しての意趣返しができたと思う。
 そこまでやって、たった今、俺は一つ大きなミスに気付いた。
 あるべき家族に帰ったとして、犬が娘になることはない。どころか殺した相手に対しての意趣返しなんて、それそのものが感傷じゃないか。
 本末転倒。ここまでしないと自覚さえできなかったとは……猛省すべきだ。
 だったら、もうこの感傷ごと俺自身として、未来を得よう。
 過去に縛られるのではなく、過去を経験として。
 それが、この遺書の目的にも沿う『無常拓馬』としての生き方であり、生き様となって、死に様として終りを迎えるのだろう。

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