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サイキックハーツ 『無常拓馬のとりとめもない遺言状4』

 無常家における権力図は、大まかに言って年功序列だ。
 頭首は無能王こと俺の父親であるが、実質的な支配者は俺の祖母になる。
 あの婆さんは、とにかく暁家の利権を増やすことにしか頭にない。
 自分以外は、血の繋がった家族ですら駒としか考えていないだろう。
 親戚も含め、最も権力に執着する、典型的な『暁』。
 そんな婆さんと俺が相容れるはずもなくて。
 まさしく俺とは真逆の人間であり、反りというものがあった試しはなかった。
 俺に、暁の血族に味方と呼べる人はいなかったけど、最大の敵はあの婆さんだ。

「お前は、暁家の背負っているもの、積み上げてきた功績を、まるで理解しておらん!」
「他人が得た成功なんて、俺には何の価値もない」

 俺と婆さんが長年やってきた会話を集約すると、この二行にまとめられる。
 たったこれだけの話を何年もやっていたのだから、呆れた話だ。
 よく飽きもせず……と思う。俺はとっくに飽き飽きしていたけど。
 婆さんは俺を毛嫌いしているが、同時に、俺の持つ危険性についても薄々勘付き始めていた。

 俺の父親、無能王はとにかく無能だ。自分で何もできないから、何かに付けて人を頼り、そして人を信じる。
 この特性は、利用する側にとってはこの上なく操りやすい。だから、少なくとも母さんを暁家に迎えるまで、あの無能王はこれ以上ない傀儡として機能していた。
 母さんはそうならないように上手く立ちまわってはいるが、元々の権力が低いし、状況を読むため妥協点というのもある。

 それに対して、俺は徹頭徹尾、自分のことしか考えてない動き方をしていた。
 俺の行動により暁家に大きな不利益が生じようがお構いなく、自分の意志を貫くことだけを最優先とする。
 無能なだけでなく、制御が効かないのだ。
 そのくせ、立場から生じる権力は決して小さくない。
 今ならまだ母さんの立ち回りに近くもなるだろうが、幼さからくる分別の付かなさもあり、あの頃の俺はさながら小型の暴君だったろう。

 流石に最初から俺がああなると予想していたとは思えないが、婆さんの打った策が一つだけ、この暴走状態を抑えるのに効果を発揮していた。
 その策が、俺を十三年暁家に縛り付け、俺の覚悟を鈍らせていた。
 婆さんと真っ向から敵対していたように、俺は権力というものに対して興味が薄い。
 むしろ一人で歩くには邪魔なものであるとさえ思っている。
 権力とは力の一種だ。
 人を従え、支配し、生み出される利を手にする。そこに介在する数は、そのまま威力に変えられる。

 しかし、権力とは、ある一定を越えるとそのまま弱さにも変わってしまう。
 積み上がった成功から築かれた権力という居城は、大きくなればなるほど、維持するのに莫大なリスクと労を払わねばならない。
 上に立つ者として、然るべき行動と判断が必至となる。
 この組織の長として求められる自制が、権力を縛めに変えてしまう。
 自由に振る舞うために手にした力なのに、組織を保つという理由から行動に制限がかけられる。より大きな力を得るために、今の自由を手放さねばならない。

 結局、その力は何のために手にしたのかわからなくなる。
 俺からすれば権力とはそういうものでしかない。
 だから、俺から見た暁家は、ずっと巨大な棺桶だった。
 ここにいれば、俺は殺される。心を殺される。拓馬を奪われる。
 そういう確信があった。

 そんな理由から、俺は今まで権力というものを欲したことがない。
 身近にあったそれはいさかいの元にしか見えなくて、しかも押し付けられるものだった。
 何故皆、自分から締め付けられようとするのだろう。
 人を統べて縛る力を得ても、同じように自分も縛られるだけなのに。

 幼い時分はずっと疑問だったが、まあ多分、権力者というのは安心が欲しいのだろう。
 自分は、こいつらよりも上にいる。
 そういう、自分はこいつらと違うという一種の優越感だ。
 見下せる立場であり、自分はリスクを回避した足場に立っているという、安全や保証が自己を肥大化させていく。
 そんな足場は薄氷で、いつ割れてもおかしくないのに。
 どれだけ札束と人を束ねても、いずれ人は死ぬのに。
 それでもあいつらは、一時の満足を求めて利権を漁るのだろう。

 いや、きっと高く登ったあいつらは、だからこそ自分の足元が安全じゃないことを知っている。
 知ってしまったからこそ、今の高さを維持したくなる。もっと高く登ろうとする。
 割れて落ちるのが恐くて仕方ないから。
 だから、虚飾まみれでも、なお自分を飾りたい。
 嘘でも似合わなくても、その飾りが自分を示すものとなってしまっているから。

 ならば、初めから飾ることを拒否した俺とは相容れるわけもない。
 成功がいずれ人を殺すのなら、俺は成功なんていらなかった。
 いらないから、ただ好きにやっていただけだ。
 結果を求めてはいたが、上手くやるかどうかを気にせず、自分であれたかだけを重要視していた。
 いつか母さんに言われた、

「自分らしくありなさい」

 という教えが、その根底にあったと思う。
 けれど、当時の俺は結局その言葉自体に縛られていたのだけど。
 同じ縛られるのなら、利権より自分自身に縛られていた方が幾分マシだと今でも思うので、間違いではなかったとしておく。
 それに、『自分』に縛られているのは今もそうなのだろう。故に、俺は無常拓馬としているのだから。

 そうして権力を忌避する嫡男という立場は、悪化の一途を辿る自分の立場を、より悪辣にするには十分過ぎる理由だった。
 俺はより孤立して、自分の足場を壊していく。
 それでも俺は立っていた。足場なんていくら悪くても、立って歩くことができればそれでいい。

 俺が一番暁家で傍若無人に過ごしていたのは、時代的には中学生に上がったくらいの年齢になるけれど、暁家から離れるという選択肢は持っていなかった。そういう発想がまずなかったのだ。
 俺は自分の行動に制限をかけていた。
 けれどそのことに気付けず、ただそこにいるだけで、足掻きながらも大きな流れに呑まれて生きている。
 生きてはいるけど、活きていない。
 棺桶の中でゆっくりと殺されている。
 それが暁拓馬だった。

 俺がそれに気付くのはまだ先で、しかし自分が何故暁家にいるのかの理由はあの頃から理解していた。
 理解していたけど、どうしようもなかった。
 それはそもそも、どうするものでもなかったためだ。
 俺に接するそいつは鎖だったのだけれど、その鎖を負担として思っておらず、だからこそ縛めとしてはこれ以上なく機能していた。

 むしろ、意識的ではなかったとはいえ、俺は心の何処かでそいつを欲していたのだろう。
 自分の一部、そんな感覚だった。
 恐らく、外部の存在に自己を求めたのは、それが最初で最後だったと思う。
 言ってしまえば、依存していたのだ。

 今でも誰かとつるむことは多いし、多少なりとも人に影響を受けて俺は生きている。一人でも生きられる自信も確信もあるが、それが一人だけで生きる必要性には至らない。
 自分以外の人間は、純粋に興味の対象になる。
 他者の中に流れる。そいつの本流、本質を探すのは好きだ。
 でも、探すのは相手自身であり、俺ではない。

 無常拓馬はいつだって『ここ』にいて、誰かの中の無常拓馬は求めない。求める意味がないから。
 俺は確固たる俺を持った上で他者と接している。誰かの俺ではない。俺が望む、俺の中にある俺を誰より信じている。

 だから俺は自信を持って、自身を得て、俺を名乗る。
 無常拓馬を名乗っている。
 他の誰でもない。俺はここだ、と。
 俺にとって自分の名を名乗るとは、そういうことなのだ。
 そんな無為な自己作りをする程度には、俺は自己の存在にプライドを持っている。
 無常拓馬という名前に、自分を込めている。
する必要もないのだけど。

 どうして名前なのか。その説明はせねばならないだろう。
 そうなると、やはり俺はここに立ち返らねばならない。
 俺の縛め。
 俺が暁で在り続けることを受け入れてでも、共にあることを望んだ相手。依存し、求めた者。
 そいつがいたから俺は俺だった。
 暁拓馬だった。
 自分らしくあるために、俺は自ら縛めを求めていたのだろう。
 縛めの名は、黄泉塚無常。
 彼女は、暁拓馬の婚約者にして、たった一人の友達だった。

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